海の家のバイトでコミュ力が養われなかった話 最終回
何もかもどうでも良くなるくらい疲れてしまっていた。
出勤時間はいつの間にか7時になっていて、梅雨が長く売上が思ったより伸びなかったせいなのか日給は最後までそのままだった。
8月31日 夏が終わろうとしていた
「常連客と俺たちで、最後まで騒ぎ倒しフィナーレを迎える。毎年一番盛り上がるよ!」
と最終日の少し前から説明されていた。この「俺たち」に僕は入っているのだろうか。
昼間からテキーラとイェーガーの注文が入り続け正の字が書ききれなくなる、ドンペリの注文は珍しくはない、ドンペリの注文が入ると客と歴の長いベテラン従業員が楽しそうに乾杯をする。
この夏、ドンペリの細長いシャンパングラスを沢山洗ったが、ドンペリを飲んだことはない。
日が沈む
酒で理性を吹き飛ばし、各々が好き勝手暴れ始めた。この人たちの中で今日で夏が終わり明日からどうやって生きていくのだろうか。
冷たい風が吹いて、ふと、この人たちは秋には何をするんだろうかと思った。
楽しいことがなかったわけじゃないけれど、辛いことのほうが多かった夏。
少しずつ人が減ってきた頃、ゲイバーの店長が誰かを指名してシャワーを一緒に浴びる悪ノリが始まっていた。
カウンターでお酒を作っていると目が合い指名が入った。
一緒に手を繋いでシャワールームに入る。
想像していたよりも優しい手付きで背中をしっかり洗ってくれた。なんともいえない心地よさだった。
冷水シャワーで泡を流してもらう。
背中を洗ってもらうあたりから抵抗しなくなっていた
流し終えてシャワーの蛇口を締めくれた、外は別の何かで盛り上がっているみたいだ、シャワールームに沈黙が生まれる、床の木が軋む音は鳴らない、どちらも動けずにいる、髪から降りてきた冷たい水が背中を傳った。
この瞬間がこの夏で一番色濃く残っている。
閉店時間を迎える、店はいつの間にか落ち着いていて、朝の掃除ぶりに波の音が聞こえた。
いつもより少しだけ丁寧に片付けをして、帰路に着く、終わりならいいが明日から撤収作業が始まる。
翌朝出勤すると、いつもは仕込みをしてる熊店長がサマーベンチでチャーリーを飲んでいた。僕も自分でチャーリーを入れて遠くにサマーベンチを置く。
夏がはじまった。