12月1日、

ああわたしがこのあたりで働き始めて、3回目の12月1日がきました。初めての12月1日は、まだ傷ついていて、今より6kgくらいは細くて、おどおどしていたわね。教会のバザーで母かおばさんが買ってくれたみどりいろのコートにくるまって、小さなねずみみたいに、部屋の隅で低い丸太に腰掛けて。

その頃のわたし、何もわかっていなかったわたし。とりあえずいい子のふりをして、他人への恐怖を隠して笑顔で接して、好きもしくは怖いと思えば一生懸命懐いて、自分を犠牲にして、一切の他者からの求めに断りを入れない、入れられない、自分を大切にすることも他者を大切にすることもなにもわかっていなかったわたし。
今だってぜんぶわかりましたかできますかと言われればそうでもないけれど、それでもこの3回目の12月1日を迎えるにあたって、1回目の自分とはちがう、と思いたいくらいには、いっぱい泣いていっぱい考えていっぱい向き合ってきた。はず。

3回目だから、自分が快適か不快かとその理由、疲れてるかどうか、はわかるようになってきた。それすらわからなかったんだよ。よく生きていたね。子供の頃、じゃんけんのルールがなかなか身に付かなくて、出した瞬間「かち」か「まけ」か「あいこ」かわかるみんなはすごいなと思っていた。ぼんやりとわたしの周りの雲だけがちょっと遅かった。たぶん、そんな感じでこの社会で生きるための知識や技術が身につきづらい体質なんだろう。きらきらしたものをいつまでもぼんやり見つめ続けてしまうあなたに親近感を覚えてしまうのもきっとそのせいだ。

煙草は筋肉に良くないので、シャボン玉することにした今朝。職場の裏の秘密の場所でひとりでシャボン玉をふかしていたら、いつも近所を彷徨いているオレンジ色のねこが鈴鳴らしながら近寄ってきて、わたしの吹いたシャボン玉をぴょんぴょん追いかけていた。かわいくて、息が切れるまで小さなシャボン玉を繰り出し続けた。ねこがとぶ。ねこのちーさなお手手に合うサイズのシャボン玉を、なるべくたくさん、ねこのそばに飛んでくように。少し遠くにいるねこが獲物をつかみそこねては驚いているところを近寄らずに見ている。ねことだったら相手をきちんと尊重して距離が取れるのに、どうして大切な人相手となると距離を保つのがむずかしいんだろう。ねこにはきっと何も期待していないからだろう。もとからねこに愛されるなんて思ってない。人には優しくしてもらいたい。欲張りだから、たぶん相手を尊重した距離がとれないんだろう。甘えてんだよ。

朝からなんとなく元気な声が出なくて、元気だとうるさいかもだからと音量をセーブして、お昼頃、ひとりぼっちで孤独作業。この狭い部屋にひとりでいると寂しいんだ。たくさん人がいたことがある部屋は、ひとりのとき寂しい。おはしを忘れたので言い訳として買ったコロッケと金曜に割引になる焼き芋を食べて、お弁当も食べて、部屋に戻ってきた同僚のいびきを聞いて、悲しい電話を受けて、また午後に訪問へ。なんだかやっぱり波長がおかしいかもしれない自分と、「他人の嫌なところが気になるときは自分の調子が悪いとき」と言っていた人のきょういちにちとこの1週間に思いを馳せたら思いが戻って来なくなる。でかけたまんまどこかにひっかかっている。飛ばされた外干しのヒートテックみたいにひらひらと誰の役にもとりあえずたたないで吹かれている。言いたいことを五個くらい我慢してみて、沈黙を味わってみる。案外大丈夫で、そのうちの一個くらいが骨つきだったのでおそるおそる口から出してみる。

水曜日の孤独な闘いを思い出し、労われなかった悲しい時間を思い出し、でも水曜日ほどはつらくなく飲み込めている自分を全身鏡の向こうに見る。その日にいままで障害のせいにしてできないと思っていた自転車を高いところから下ろす作業がゆっくり頑張ればできることに気づいたと話したとき、「でもあぶないから」って珍しく優しい言葉がかえってきた。曖昧に返答してしまったけれど、あとからあとから優しさが染み込んできて、だんだん効いてくるタイプの薬みたいだ、一番最初の12月1日から3回目の12月1日までに、こういうのにいつもいつも助けられてきたなあ、と感じる。いつもいつも寂しいけれど肝心なところであたたかい自分の今の職場、形は変わりまくったけど3回目が迎えられてよかったな、いろんな奇跡とか偶然とか巡り合わせとかそういうものに囲まれているなあ、衛星、月のそばにいつもいると思ってた金星が全然月と関係ないとこでピカピカしているのを見るに、またでも絶対近づいたり離れたり笑ったり泣いたりふざけたり怒ったり仲直りしたりするのかもしれないことが証明されている、気がする。

わたしを気遣ってくれたあなたやあなたが、今夜はちゃんと眠れますように。今の仕事でいちばんたくさんやっていることはきっと血圧測定よりも「祈る」ことだろう。期限管理に季節の移ろいの速さを感じる。あの葉っぱが落ちたら死のうと思っていたのにそんな葉っぱ最初からなかったみたいなんだよ!かなしくてさびしくてたまらなくかわいい女の子の映画をきれいな映画館で観て、明転した階段を下りながら上着のポケットにまぎれこんだポップコーンのかすを弄っていたら夜になっていた。おやすみ。わたしのぶんもしっかり眠るんだよと紙飛行機を西に向けて飛ばした。

おやすみ。

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