二大美容ブランドと女性の自由【ドキュランド考察 2019/03/15】
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二大美容ブランドと女性の自由【ドキュランド考察 2019/03/15】

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この記事は、『ドキュランドへようこそ!』「エリザベス・アーデンとヘレナ・ルビンスタイン」(2019/03/15放送)の考察である。

まず番組の内容を簡単にまとめる。

【番組まとめ】主要人物

エリザベス・アーデン
1878年生まれ。オンタリオ州ウッドブリッジの中産階級の娘として生まれたと称していたが、実際は貧農の娘であった。アメリカの美容ブランド『エリザベス・アーデン』の創設者。
ヘレナ・ルビンスタイン
1870年生まれ。ポーランド生まれ、クラクフ大学で化学を専攻と称していたが、実際はユダヤ人ゲットー生まれで、少女時代はそこから出たことはなかった。ビューティーサロン・美容ブランド『ヘレナ・ルビンスタイン』の創設者

以上のように、二人は貧しい生まれであり、美容ブランドの創設者である。さらに、生まれを偽っていたという共通点がある。これは、二人が会社のブランドイメージのために理想の自分のイメージを作り上げなければならない、という強い想いが伺えるエピソードである(最も、後年にばれてしまっているが…)。このような強い向上心を持った二人同じ業種を営んでいれば、たちまち喧嘩どころではない、対立が起こることは想像にたやすい。次は、この二大ブランドの歴史を辿っていく。

【番組まとめ】二大ブランドの歴史

彼女らが美容ブランドを立ち上げる以前の、1910年以前は、化粧といえば娼婦がするもの、すなわち下層階級がするものと考えられていた。しかし、映画の出現がそれを変えた。映画女優の美しいメイクを見た女性たちは、それを真似したいと思い始めた。そのような時代の要求に答えるように、二人は美容ブランドを立ち上げた。

エリザベス・アーデンは1910年にニューヨークに美容サロンを設立した。それよりも少し先んじて、ヘレナ・ルビンスタインは1902年に、メルボルンに世界発の美容サロンを設立した。
その後、アーデンは、ニューヨークを中心にサロンを設立し、その名を高めていった。一方、ルビンスタインはロンドン・パリ等、ヨーロッパを中心に出店した。

その二人が出会うきっかけは、第一次世界大戦である。ルビンスタインは、戦争を逃れるため、ニューヨークへやってきた。そこで、その地に美容サロンを開くことにしたのである。それに激怒したのは、アーデンであった。かつてから、ニューヨークを基盤にしていたアーデンにとって、これは脅威に映った。ヨーロッパの洗練されたサロンが自分のテリトリーを侵略していると感じたし、自分と似た向上心を持つルビンスタインを恐れたからである。互いにわざと相手のサロンの近くに自分のサロンを出店するなど、そのライバル関係は激しいものだった。互いに相手を消し去りたいかのようであった。アーデンは、ルビンスタインのお膝元、ロンドンに出店した。一方のルビンスタインはニューヨークで攻勢を強めた。

互いに競いあっていた二つのブランドであるが、そのターゲット層はかなり異なっていた。ブランド『エリザベス・アーデン』は、富裕層の女性をターゲットにした、フェミニンな化粧品を販売していた。そのようなブランドが"全身美容"というアイデアを生み出すのは必然であった。"全身美容"とは、運動・エステ・化粧を組み合わせて、肉体全体を美しくしようという発想である。一方のブランド『ヘレナ・ルビンスタイン』は、労働者の女性をターゲットにしていた。そのため、実用的な"科学の美"という発想に至った。女性の肌質毎の化粧品開発、ウォータープルーフマスカラ等、性能の優れた化粧品を生み出していった。

そんな中、アメリカは狂乱の20年代(1920年代)という時代に突入する。いわゆるバブル景気である。アーデンは、富裕層向けの商売をしていたので、相変わらずよく売れていた。一方のルビンスタインは、これを好機とみてニューヨークのサロンを全てリーマン・ブラザーズに売却する。バブル景気もあり、これは相当な高額で売れた。
そしてバブルが崩壊し、時代は大恐慌を迎える。アーデンは、富裕層向けであるので、相変わらず安定して売れていた(大恐慌でも、美容クリームなど、彼女らにとってははした金で買えるものであった)。一方のルビンスタインは、リーマン・ブラザーズからサロンを買い戻した。彼女はこの売買で多額の利益を得ることになった。

第二次世界大戦は、女性の社会進出を一層促進した。労働力不足により、女性も工場などで本格的に働くことを要請されたからである。これにより、女性は男性のお金に頼ることなく、化粧品を買うことができるようになった。これは、二大ブランドに追い風になったことは言うまでもない。

しかし、この二大ブランドにも終焉が迫っていた。新たな考えをもったライバルが出現したのである。『レブロン』はマニキュアを販売した。当時マニキュアは派手すぎて下品と考えられており、アーデンとルビンスタインも忌避していた。しかし、彼女らは化粧自体、1910年以前は忌避されていたことを忘れていた。『レブロン』の会社は急成長し、二大ブランドを追い詰めた。また、『エスティ・ローダー』はブランド『エリザベス・アーデン』の良いところを取り入れ、さらに新しい考えを取り入れた。この『レブロン』と『エスティ・ローダー』の出現が、二大ブランドを終わらせたのである。

【考察】19世紀ヨーロッパの女性の状況

以降では、番組の内容を踏まえて、考察をしていく。まず、19世紀(すなわち、アーデンとルビンスタイン登場以前)の女性の状況を確認する。次に、ルビンスタインとアーデンの美容ブランドが、女性の自由をどのように支えていたのかを考察する。

19世紀ヨーロッパの女性は、一言で表すと、"家庭の奴隷"であったといえる。これはすなわち、家庭へ入り専業主婦として過ごす以外の選択肢が存在しなかったことを意味する。
実際、女性が働くということは、その家庭が非常に貧しい家庭であることを意味していたので、避けるべきことであった。女性に働かせず、家庭に専念させることこそが、夫として合格である証であった。
そのような状況であったので、女性の仕事は少なく、また技能が不要な仕事しかなかった(メイド、洗濯婦、工場、小売店の販売員)。

すなわち、女性は守るべき対象という意識がとても強かったことが、女性を家庭に閉じ込めることになっていたのである。

【考察】ブランド『ヘレナ・ルビンスタイン』
と女性の社会進出

『ヘレナ・ルビンスタイン』のブランドは、社会進出する女性の味方であったと私は解釈する。社会進出が進んだのは、第二次世界大戦がきっかけである。当時のアメリカは日本・ドイツ・イタリアと戦争状態にあり、ほぼ全ての男性は何等かの形で戦争に協力していた(兵士・工員・科学者など)。すると、男性だけでは労働力が不足する事態となった。そこで、家を守るべき女性にも、戦争へ協力することを要請した。彼女らは主に工員として戦争に協力した。

そのような時代の中で、『ヘレナ・ルビンスタイン』の化粧品は、"女性らしく働く"ということを支援したと私は考える。以前の化粧品は、家庭で静かに過ごす女性のためのものであったので、工場という激しく、厳しい環境では化粧が落ちてしまうのであった。そこにルビンスタインは着目して、開発を行った。

図1. 『ヘレナ・ルビンスタイン』の世界初ウォータープルーフマスカラ
cosmetic and skin Helena Rubinstein(post 1945)(2019/03/16アクセス)
https://cosmeticsandskin.com/companies/helena-rubinstein-1945.php

それを最も示すことは、世界初ウォータープルーフマスカラを開発したことであろう。当時の工場は空調も悪く、大変暑かった。この時かく汗で大半の化粧が流れてしまう状況であった。これを解決したのが、ウォータープルーフマスカラである。これによって、汗をかいても美しさを保つことが可能になった。

男性工員と女性工員が最も異なるのは、美しく、働くという意識であろう。男性工員は汗をかいて、服が油まみれでもきにしない人が大半である。一方、女性工員は化粧をし、美しさを保ちつつ働きたかった。これを『ヘレナ・ルビンスタイン』が可能にしたといえる。すなわち、"美しく、働く"という女性らしい働き方を可能にした。従って、"女性らしく働く"ことを可能にしたことこそ、ヘレナ・ルビンスタインの功績といえるだろう。

【考察】ブランド『エリザベス・アーデン』
と女性の娯楽

一方のブランド『エリザベス・アーデン』は女性のための娯楽を提供した。
全身美容という考えは、女性にエクササイズ・エステ・そしてリゾート地を楽しむという選択肢をもたらした。

図2. 『エリザベス・アーデン』のサロンの様子
Eテレ『ドキュランドへようこそ!』
「エリザベス・アーデンとヘレナ・ルビンスタイン」(2019/03/15放送)

このような娯楽は、女性特有の娯楽である。男性の娯楽としては考えられないものであった。従って、"女性らしく楽しむ"ことの可能にしたのが、『エリザベス・アーデン』の貢献といえる。

【考察】二大美容ブランドと女性の自由

これまでの考察で、『ヘレナ・ルビンスタイン』は"女性らしく働く"こと、『エリザベス・アーデン』は"女性らしく楽しむ"ことに貢献したことを述べた。以上のことと、女性の自由といかにつながるかを最後に考察する。

現在の日本では、女性の社会進出=女性の自由(解放)である、という論調であると私は感じている。仮にそうだとしたら、女性の自由に貢献したのは、『ヘレナ・ルビンスタイン』のみであることになる。果たして本当だろうか?

もし、女性が家庭から解き放たれて、社会進出をしたとしても、それだけでは"家庭の奴隷"から"会社の奴隷"になるだけである。仕事、そして娯楽に自分の意志で時間を使えることこそ、女性の自由といえるのではないか?

そうだとすると、『エリザベス・アーデン』は娯楽("女性らしく楽しむ")、『ヘレナ・ルビンスタイン』は仕事("女性らしく働く")という面で各々役割を発揮し、女性の自由へ貢献したといえる。このどちらかが欠けても、真の自由になりえない。ゆえに、この二大ブランドこそ、女性が不自由な時代に、女性の自由へ貢献した偉大なブランドであり、そのどちらも欠けてはならない存在であったと結論付ける。

画像出典

ヘッダー画像 
ドキュランドへ ようこそ!「エリザベス・アーデンとヘレナ・ルビンスタイン」
http://www4.nhk.or.jp/docland/x/2019-03-15/31/19899/1418035/

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【毎週火・木・土に投稿】 ①所属:情報工学博士3年. ②興味分野:社会科学. ③投稿すること:Eテレ番組 100分de名著(火曜)・ねほりんぱほりん(木曜)・ドキュランド へようこそ!(土曜)の考察④コメント:卒業後は分野にこだわらず学問を究めたい.フォローしてくれると嬉しい😃

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今投稿のテーマをどうしようか考え中。近日中に投稿します//博士(工学) 週4日:社会科学部でマクロ経済学研究 週3日:渋谷でDBエンジニア