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300年前の想い

その日、ウサギとカメが六義園の内庭大門をくぐると、そこには高さ15メートル、幅20メートル程のしだれ桜が立ち姿を見せていた。地上から高くない所で枝が分かれ、満開の花が階段状に流れ落ちるように咲いている。
雨上がりのしっとりした空気が、樹齢70年の桜を取り囲み、花は適度に散らばっていて、静かに揺れながら二人を見下ろしていた。

単独で咲き誇るその圧倒的な姿に、見上げるウサギとカメはしばらくの間言葉を失った。「お見事ね」やがてウサギが、やっと一つ言葉を見つけた。

いつまでも見飽きることのない、しだれ桜を後にした二人は、回遊式築山泉水庭園の遊歩道を、物思いにふけりながらゆっくりと歩み始めた。都会の真ん中にありながら余計な音のない空間が、二人の気持ちを穏やかに、そして深く鎮めていった。

真っ直ぐな橋ではありません

「こんな風に自然に囲まれて、心を落ち着けられる時間はとても贅沢だわ。忘れかけていた大切な何かを思い出させてくれるようで」標高35メートルの藤代峠から六義園を一望していたウサギは、鳥の声に耳を澄ませながら呟いた。

藤代峠からの眺め

「そうだね。忙しい僕たちには、こういう静かな時間が必要なんだと思う」彼女の隣で眼下を見下ろしていたカメは、彼女の思いをくみ取るように静かに頷いた。

六義園にはこの庭園を造形した柳沢吉保の想いが込められている。和歌の世界の繊細さや優美さが表現された、変化に富んだ自然の風景が、300年の時を超え、二人にその想いを伝えていた。

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