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穏やかな夏の日記、雑記。

1週間の夏休みを終えて、通常運転の1週間も無事に終わって、ほっと一息。

夏休みの前あたりから、仕事がひと段落したり、思いがけずお褒めの言葉をいただけたり、久しぶりの人とお会いする機会もあったり。
体は忙しかったけど、心はほっこりと温まるようないい時間を持つことができました。

夏休み中は、帰省でキリキリしたこともあったけど、
予定通り旅行も行けたし、夏祭りでの演奏に向けて練習もしたし、自由時間が多くてのんびり気ままに動くことができた。
通常運転に戻った今週も、ごく平和な毎日。

この平穏っぷりを、日記として言葉に残しておきたくなり、こんなふうに書きました。
どうしても、いつも言語化したくなるのはモヤモヤだったりイライラだったり、マイナスな気持ちの時が多いから。

noteに、こんなことがあったという事実を書き並べていくだけで、その時の気持ちが少しだけ思い出され、追体験できるときがある。
よかったことなら、それだけでいい。
嫌だったことは、出来事そのものや自分の気持ちを客観視できるように感じることもあり、
そんなに嫌じゃなかったかも?嫌なのはそこじゃなかったかも?とか、思えることがある。
書いているうちに、言葉が、もともと書きたかったことからどんどん離れていって、思ってもいなかった着地をすることもある。
それで、最後にタイトルを書き直して公開したり。

いわゆる日記の効能ってそういうものなのかな。書いているうちに、考えがまとまってくる。

「書く」じゃなくて「喋る」でこれをやる人もいるけど、私はちょっと苦手。目の前に人がいる必要があるから。
noteでは、目の前には誰もいないけれども、アップした記事を誰かに見てもらうという意識はある。
自分しか見れない日記帳に書くよりも、目の前に人がいる時よりも、より客観的に出来事を思い出せるような気がする。
書いているうちに気持ちが変化して、最初と最後で言ってることが違うじゃん、ってなっていても、それに共感してくれる人がいたりもして。
そういう時書いてよかったなと思うし、自分の中にとどめるだけじゃなくてよかったんだな、と思える。
そして私も誰かの記事を見て同じ気持ちになれる。

時々、結論が決まった話を練りに練って記事とすることもある。
そういうのを少しずつ積み重ねていって、言語化力とか文章力を上げていきたいなあとも、思っている。

今年の夏、暑かったけど、なんだか昨年ほどではなかった気がする。
外出したとき、室内のエアコンが効きすぎて寒い、というのは去年あまりなかったようなきがしたけど、今年はあった。
日差しは強かったけどね。夜もエアコンつけてるし。
喉元すぎれば、というやつだろうか。

まだ8月で昼間は暑いけど、朝晩はほんの少しだけ、秋の香りがしてきています(@東北)。
夏は夕暮れ、と毎日呟きながら退勤しています。
そんな穏やかな夏に、ひとり乾杯。
今までよりも、少しだけ多めに自分を肯定できた夏でした。

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