寅之助の異なる散歩
寅之助は都市部の企業で働いていたが、仕事がうまくいかず辞めて、民宿をしている地方の実家に帰っていた。そこで民宿の手伝いなどしていた。
民宿には留学生のジェインが滞在していた。ジェインは民宿の柴犬ハチとの散歩が日課となっていた。
今日は、寅之助もお供で近くの山にハイキングとなった。時々山に行くが、その時は大体寅之助も供をする。
ジェインが少し先を歩いていると、見馴れぬ馬車が来て中から突然二人の何者かがジェインに襲いかかった。布で口を塞がれたジェインはグッタリして、馬車に押し込められた。
馬車は林の中へと走って行く。寅之助は追いかけるが途中で見失った。ハチはまだ追いかけていったが、暫くして戻ってきた。
そしてハチは、
「魔術師の所に連れてかれたよ」
寅之助は暫く何も言えなかった。
「どうした寅之助」
「しゃべれるのか?」
「いつも話しかけてるだろ。お前はいつも上の空だけどな」
寅之助はやはり言葉が出ない。
「わかってないのか、ここはもう異世界なんだよ」
「異世界?」この世界では犬も話せるらしい。
「あの魔術師が異世界の境を知ってて、何故かジェインを」
ハチと寅之助は魔術師の棲みかへ向かう。
着いた時にはもう魔術師以外、いなかった。
「今日は客人が多いね」
「ジェインは何処です?」
「あのお嬢様の付き人かい。お嬢様はお城だよ」
「城?」
「今日は面倒な客人が多いね」
魔術師はそれでも話し好きのようだった。
ここは、シシ王が治めるシシ王大国。絶対王シシ王三世の息子シシ王四世が今治めている。しかし四世はまだ若いが病で長くないだろうという。そこで後継問題になった。順番では四世の姉のメリー王女になるが、四世の重臣バトラー公と仲が悪い。バトラー公は絶対王三世の妹の娘ジェインが四世と仲がよく、四世にジェインを後継に勧めた。順位は低いが継承権はあった。四世は悩むがバトラーの説得により後継をジェインとした。しかしジェインは不慮の病で先に亡くなってしまう。
バトラーはそれを非公表とし、密かに魔術師と相談。魔術師の水晶に異世界のジェインが写し出された。
「これぞまさにジェイン様。ジェイン様はあちらに、おわします」
寅之助は城へ向かうか悩んだ。
「どうした寅之助、何を悩む」
「城へ行ってどうする、助けられると?」
「寅之助、お前影虎様の子孫だろ」
寅之助の家では、戦国時代の武将影虎の子孫との言い伝えがあった。
「知らん。そんな昔の事わかるもんか」
「わかる。俺にはわかる。それにジェインは大切な客人だろ」
暫く行くと鍛冶屋があった。様子をのぞくと、
「若いの、何か用でも?」
「いや、道に迷って」
「刀が欲しいのか」
「いや、だから」
「もう、きったはったの刀はもう作らんのじゃ」
「だから」
「今造っておるのは合気刀じゃ。双方の殺気を合わせて滅する。殺気を滅するのじゃ」
「それは?」
「城へ行くのか」
「いや、そんな気は」
「そなたの気は向いておる。合気刀を持って行くがよい。じゃがその前によく合気刀と気を合わせるのじゃ。返すと思わずともよい。余計なことは考えるな。ただ合気刀とひとつになれ」
結局、城へと向かう。ハチは言う、
「これで準備万端だな」
「どこがだよ。使い方も知らん」
「影虎様の子孫だろ」
「違うって、それに影虎もこんなの使わんだろ」
城にはすんなり通された。城の司令官ウルフは、
「ようこそ、我が城へ。偽のジェイン様を助けに来ましたか?」
「偽物ではありません。ジェインはジェインです」
「しかし女王ではない。バトラーの企みは露見しました。お金を積むと魔術師はペラペラと教えてくれました。バトラーは既に処刑済みです。あとは」
「待ってください。彼女は無理やり連れて行かれ、そして魔術師に魔法をかけられ、女王を演じてしまったのだと思います」
「しかし、女王の名を騙ったのは事実。見過ごす事は出来ません。さあ、どうします?」
護衛隊がぐるりと取り囲む。寅之助は刀を構えた。気が先んじて寅之助に襲いかかる。寅之助はバーチャルゲームのように次々と相手の剣に合わせて行く。相手はほとんど動く事もなく。その場で戦意喪失し倒れた。
「これが、あの鍛冶屋の合気刀ですか。では私が」
ウルフは日々の鍛練により、殺気を封じていた。剣は納めたまま。双方納めたまま。そして居合いで抜くも双方の切っ先があたっただけだった。
「ジェイン様は既にみまかっておられます。更にもう一人とは、大罪を冒しますか?」
「ふっ、そなたの気合は無視出来ませんな。それに陛下は恩赦の御意向であらせられます。後は我々の取り調べで問題なければ、でもそなたのような臣下がいれば問題はないでしょう。
宜しい、しかしその合気刀は置いていってもらいます」
「いや、これは鍛冶屋に返します。貰ったわけではないですから」
ハチは一足先にジェインを見つけ、
「ジェイン、さあ帰ろう」
「ハチ、何で話せるの」
「ここは異世界で、ここでは話しも出来るのさ。でもジェインはひどいめにあったね」
みんな異世界から戻ったが、ジェインは異世界の事は覚えていないようだった。ハチはいつものハチ。寅之助だけが時々、あれは夢だったのだろうと思い出す。
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