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『誕生日おめでとう』の呪い


今まで誕生日を特別な日だと感じたことがない。
それは自分であれ、他人であれ、例外はない。
寧ろ、他人に対して祝いたいと思う気持ちはあれど、それは相手に会いにいく口実だったりする。
自分が会いたいと思っている人が喜んでくれる可能性が高そうで、しかもそれがお金を落とす口実になるのであれば、やはりそれでいい。
おめでとうの押し売りだ。
誕生日を祝ってほしい人ばかりでないことは重々承知だけれど、それでも私はあなたに喜んでほしいのだというエゴを渡しにいくためにある、それが私とっての誕生日だ。

だって、こんな世界に生まれたくて生まれ落ちた人ばかりではないのだから。
この世に生を受けて数十年という月日、自らの生きる軌跡を呪わずに、ここまで歩むことができた人など存在しているのだろうか。
私の周囲にいる人間には少なくとも見当たらない。
自分の出自を呪い、環境を呪い、入れ替わり立ち替わる周囲の人間を呪い、自らの身体を呪いながら、「ままならないね。」と言ってどうしようもなく明るく笑って見せる。
そんな人間ばかりなのだ。
私はそんなあなたに心から笑っていてほしいと願っている。
笑っていれば大丈夫だなんてそんなことは全く思っていないけれど、少なくとも明日もそうやってままならない自分を抱いて生きていってほしいと願うのだ。
ままならない私とままならないあなたが、「ままならないね。」と言って酒を飲み続けられる。
そんなささやかな日常が、私にとって何よりも尊いものに思えるのは、私とあなたが今際の淵に片足を引っ掛けて、宙ぶらりんのまま生きていることをなんとなくお互いに知っているからだ。
明日になったらどちらかがいなくなっているかも知れない。
いなくなったことも、きっと暫くは気が付かない。
あなたが泣いていることも、苦しんで喉を掻きむしっていることも、過去の記憶が未だにあなたの仄暗い影になっていることも、私は知らずに生きていく。
想像することも憚られるような、共感すら解釈違いになるような、そんなオリジナルの今生を生きるあなたである。
この悲しみは自分のものだと言って、容易く同情してくる相手を睨め付ける、そんなあなたの痛々しいまでの強さが好きなのだ。
謙遜して見せるけれども、死なば諸共相手の喉元に食らいついてやろうとする貪欲な化け物になった、あなたの気高さが好きなのだ。
“普通“の女になる為に、自らの尊厳を捨てねばならないというのなら、化け物になってでも瘴気を撒き散らして諸共死ねばいい。

あなたは未だに「どうして私はここにいるんだろう。」という目をして、泡沫の夢を見るようにこの人生を眺めているね。
そんなあなたに、私は「おめでとう。」の呪いをかけにいく。

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