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他人の家

人の家で眠るうちに、ここが自分の家であるかのように錯覚するようになった。

顔見知り程度の天井。
嗅いだことがある人の匂い。
ものが少ないから殺風景で、すべての家具が腰より下に置いてある。
東側の窓から光が入ってきて眩しい。
それを避けるように私は再び布団に潜る。
ペラペラの毛布を重ねた上に羽毛より軽い化学繊維の布団。
正直なところ寝た気がしない。


そこの家主である彼は、自分が美しいことを知らない。
下から見上げるとそこにある彼の鼻筋が、まなざしが、美しいことを彼は知らない。
少年のようでいて、彼は大人だった。
大人のようでいて、彼は小さな小鳥のようだった。
その翼は未だ小さく、自分はどこにも飛び出せないと思っている。
自らの羽の色が既にその葉脈の先まで赤くなり、極彩色に染め上がっている背中のことを知らない。
頭にはささやかな羽飾りが付いていて、羽を広げればいつでもその手は空を掴むことができる。

彼が飛べないと思っているのは、その突き抜けるような空の色を見つめすぎたから。
自分が小さいと思っているのは、両手では抱えられないほどの突風に驚いたからだ。
そんな事はよくある。
よくあることだと言えるのは、私たちが既に二足歩行を始めてしまったからだろう。

この両手で掬った小鳥がヒト肌臭くなるその前に、私は再び布団に潜る。

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