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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』8

三、七つの峠
 
 出発の朝が訪れた。
 まだ日の出前のラパタ国、城の西門には王と王妃、コタリ王子、そして大臣が、見送りに出ていた。西門は城にほとんど接していて、北門のほうへ城壁と城の間に狭い通路がある。それに対して城の南側城壁内には兵士たちと一部の国民の住む棟が連なっている。城の東側城壁内には広場がありその東に正門がある。
 剃髪したルミカはゆったりとした白い僧服を着ている。ライは黄色の武道着、レンは青い武道着を着ている。ライとレンは食料などの荷物を背負い丸腰だが、王女を守ることには自信があった。なにしろ五十人の木刀を持った兵士に勝ったのだ。山賊などに負けるはずはない、とレンもライも思っていた。
 王は言った。
「レン、ライ、娘を頼む」
レンは答えた。
「任せてください、必ず、シャンバラまで送り届け、連れ帰ってきます」
「うむ、頼む。ルミカ・・・」
王は涙を目に溜め娘を抱きしめた。
「必ず帰ってこい」
ルミカは父の体を離して言った。
「お父様、男がこの程度のことで涙を流すのは恥ずかしいですわ」
「おう、そうだな」
王はルミカを抱いた腕を解いた。
「お父様、行ってきます」
ルミカは微笑んだ。そして、父に背を向けレンとライに言った。
「ふたりとも、行きましょう」
レンとライは王たちにお辞儀をして、ルミカに続いて門を出た。橋を渡り谷川沿いの道を西に向かって登って行った。
 少し高い所に登って振り返ると東に朝日を背にしたラパタ城が見えた。
ルミカは言った。
「これから七つの峠を越えて行かなければなりません」
レンは訊いた。
「そこにシャンバラへの入り口があると?」
「はい、深い洞窟があります」
ライは訊いた。
「どうして、それがわかるの?」
「わたしにはわかるのです。幼い頃、神の啓示があって、それ以来、シャンバラへの道がイメージできるのです」
「神の啓示ですか。僕にはないな。ルミカ姫には真実を見つける才能があるんですね」
とレンが言うと、ライは言った。
「なあ、レン。ルミカに敬語を使うのやめようぜ」
レンは面食らってライを見た。
「な、なんてことを言うんだ。小国とはいえ、ラパタ国の王女様だぞ。ルミカって・・・」
ルミカは笑った。
「ふふふ、ライは敬語が苦手なのね?」
ライは頭を掻いて言った。
「苦手っていうか、俺、人間はみんな平等だって思うんだよね」
レンは黙り込んでしまった。ルミカもハッとした表情になった。ライは言った。
「シャンバラにも王様とかいるのかな?いたら嫌だなぁ。お城があって、また、俺たち謁見とか言ってかしこまんなきゃいけないの?それが理想の世界かね?」
ルミカは頷いた。
「ライはいいことを言うわね。うん、レン、あなたもわたしのことはルミカと呼びなさい」
レンは頭を下げて言った。
「は、かしこまりました」
ライは笑った。
「だからさ、その『呼びなさい』とか『かしこまりました』とか言うのをやめようぜ」
ルミカもレンもおかしくなり笑いが込み上げてきた。
 三人はその日、谷川沿いを登り、ひとつ目の峠を越えた。沢の近くの森の中で野宿することとなった。
 ルミカは言った。
「野宿か・・・。わたし初めてだな」
ライは火にかけた鍋に入った野菜のスープをかき混ぜながら言った。
「俺は闘林寺に入る前は、父さんと毎日、洞窟で暮らしてたよ。なんだかその頃のことを思い出すな」
ルミカは言った。
「お父さんは、今、どうしてるの?」
「山賊に殺されたよ。それで俺は闘林寺に逃げ込んだんだ。ほら、スープができたよ」
三人はご飯にスープをかけて食べた。質素な食事だが、長い旅路になるかもしれず、仕方のないことだった。ライは久しぶりに肉が食べたかった。闘林寺では食肉は禁止されていた。今、野宿の場所として選んだ場所の近くを流れる沢には魚がいることをライは確認していた。ただ、真面目なレンが反対するのではないかと恐れて、ライは魚を獲るなどとは言えなかった。
 ルミカはライの言葉を受けて言った。
「そう、山賊に・・・それは辛かったでしょうね?」
ライは言った。
「グルドって奴だ。そういえばシャンバラに行きたがっていた。もしかしたら、ここらの山の中で出くわすかもしれない」
「怖いわね」
ルミカは肩をすくめた。
レンは言った。
「怖れることはないよ。僕たちがいる」
ライは言った。
「グルドか。あいつがいたから父さんと母さんは結婚して俺ができたとも言える。そして、父さんを殺したのもあいつ。嫌な縁だな」
レンは言った。
「闘林寺を破門された男か。山賊になるなんて愚かな・・・」
「出るかしら?」
ルミカは言った。
「出るよ」
ライはそう言うと、プーッとおならを出した。
ルミカは笑った。
「下品ね」
ライも笑った。
「屁をしない人間がいるか?」
レンは言った。
「悟りを開いているシャンバラの人間はしないだろ」
「するだろ。ルミカもするだろ?」
とライが言うと、レンは言った。
「するわけないだろ?お姫様だぞ」
ライはルミカの眼を見て言った。
「するだろ?」
ルミカは笑って言った。
「食事中はしないわね」
レンもライも笑った。
 三人は食事を終えると焚火を消さずに、眠りに就いた。
 その三人を木の陰から見ている者がひとりいた。その者は三人が寝付くとその場を離れた。
 
 
 ライたちの場所から少し隔たった森の中に、グルドたち四十人の山賊が野宿していた。
 グルドは酒を飲んでいた。
「スネル、どうだった?」
スネルと呼ばれた小柄なねずみのような顔をした男は言った。
「確かに、ラパタ国の王女ルミカでございます」
グルドは言った。
「やはり、おまえの情報は信頼できる。で、何人の護衛がいる?」
スネルは答えた。
「ふたりです」
「やはり闘林寺の者か?」
グルドが訊くとスネルは答えた。
「おそらく、そうかと。武道着を着ています」
グルドは闇を見つめて呟いた。
「やはり、震空波が鍵なのだな・・・」
 
 
 翌朝、日の出とともにライたちは出発した。
 ふたつ目の峠に向かった。
 グルドはスネルに偵察をさせながら、ゆっくりと後を追った。ライたちはそのことに気づかなかった。
 天は晴れていた。ライたちは樹木の生えない峠を越えた。だいぶ標高が高くなっていた。それでも谷に降りれば森は深かった。また、森の中で野宿した。
 グルドたちもライたちの後方に距離を置いて野宿をした。



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