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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』4

三、動拳どうけん 

 木漏れ日さえ僅かな森深い道に瓦屋根を戴いた木造の山門がある。軒下には額が掲げられてあり、「闘林寺」の文字がある。その門の左右に仁王像が立っている。いかにも武術を修行する寺の門といった感じだ。奥には石段が始まっており、その長い石段を登って行かねばならない。森の中の石段をしばらく登って行くと、また門がありその門の向こうには木造の伽藍がある。境内にはいくつもの建物がある。平らな土地ではない。山のあちこちに道場があり約千人の修行僧が武術の修行をしている。剣のように連なる山頂のそれぞれに堂があり、一番高い所には五重塔が天を刺すように建っている。
 ライが初めて境内に入ったとき、迎えてくれたのは同年齢と思われる少年だった。彼は青い武道着を着ていた。頭は剃髪してなくおかっぱ頭だった。
「入門したいのか?」
少年は言った。
ライは答えた。
「うん、震空波を会得したい」
少年は笑顔になった。
「震空波?それはこの寺の奥技じゃないか。入門時からそれを言うなんて志が高いね」
「俺はまだ波動拳も撃てないんだ」
ライがそう言うと、少年は笑った。
「五歳や六歳で波動拳だなんて気が早いよ。まあ、僕はできるけどね」
「え?君は何歳なの?」
「僕は六歳だ。名はレンという。君の名は?」
「俺はライ。五歳だ」
レンは言った。
「大僧正に会わせてあげるよ。ついてきな」
レンの後をライは歩いた。境内のいたるところで剃髪して武道着を着た僧侶たちが体を鍛錬していた。鉄棒で懸垂する者、片腕で逆立ちする者、手刀を砂に突き刺す者、サンドバッグを蹴る者、頭で石を割る者、相方が次々に投げる竹の棒を刀で斬り落としていく者、組手をする者、ライはそれらを見て熱くなるものを感じた。多くの石段を登った。登る度に広場に出て、そこで修行する僧たちを見た。広場には必ず堂が建っていた。そして、一番大きな堂の前に出た。
「ここが大本殿だ」
レンはそう言ってひときわ大きな堂の前に立った。黄色の瓦が陽の光を浴びて黄金のように輝いていた。
「こっちだ」
そう言ってレンはライを導いて大本殿の中へ入る階段を登った。大本殿の中には巨大な仏像があった。その前の祭壇で経を唱えている僧服の老人がいた。頭は剃髪というか禿げていて、顎には白い髭を蓄えている。
「レンか」
老人は振り返りもせずに言った。レンは答えた。
「はい、父上、入門志願者を連れて来ました。まだ、五歳だそうです」
老人は振り返った。
「名はなんという?」
ライは答えた。
「ライ」
老人はライの顔をじっと見た。そして言った。
「カイの息子か?」
ライは驚いた。
「え、父さんを知ってるの?」
「六年前に破門した男だ。宿坊に泊まった女と逃げた男だな」
「その女って、メイという名前じゃない?俺の母さん?」
「普通に考えればそうだろうな。カイが別の女に産ませたとは考えにくい。で、ふたりはどうしてる?幸せに暮らしているか?」
ライは俯いた。
「父さんは死んだ。三日前にグルドという山賊に殺された」
老人は眉をしかめた。
「グルド?あいつが?」
ライは老人の顔を見た。
「おじいさんはグルドを知ってるの?」
老人は言った。
「私のことは大僧正と呼びなさい」
「ダイソウジョウ?」
ライは呟いた。大僧正は言った。
「グルドは弟子だった。素行の悪い弟子でな、どうしようもなかった。宿坊に泊まった女、おまえの母親を襲おうとした、それを阻んだのがおまえの父親だ。カイは善行を成した。だが、そこまではよかった。カイはその女を愛してしまった。この寺では妻帯は禁止している。あいつは女を連れて逃げた。破門だった。グルドももちろん破門だった。そうか、グルドがカイを殺したか・・・。母親はどうした?おまえの母親は?」
ライは言った。
「母さんはシャンバラにいるそうだ」
大僧正は驚いた。
「なに?シャンバラに?あの地下にあるという」
「俺に震空波を教えてくれ。お願いだ」
「シャンバラに行きたいと言うのだな?」
「うん」
ライは頷いた。
大僧正は言った。
「いいだろう。だが、おまえには武道の基礎から教えねばならないだろう」
ライは言った。
「もう基礎はできている。父さんに仕込まれたから」
「そうか、ではその基礎を見せてもらおう。外でレンを相手に組手をしなさい」
ライはレンと大本殿前の広場で向き合った。大本殿の階段の上に大僧正が立っている。周囲には修行僧たちが幼い入門者を見ようと集まって来た。
大僧正は言った。
「では始めよ」
ライはレンに飛び掛かった。跳び蹴りだ。レンは躱して間合いを取った。ライは着地するとレンのほうに向き防御の構えを取った。
「レン、来い」
レンは走ってライに攻撃を仕掛けた。拳をいくつも繰り出した。それをすべてライは受け止めた。レンは足払いをした。ライはそれを跳び上がって躱し、レンの胸に跳び蹴りを喰らわせた。レンは尻もちをついてしまった。
 周囲の修行僧たちはどよめいた。
「おお~、あのレンが蹴りを喰らったぞ。あのおチビさんやるなぁ」
 レンはすぐに立ち上がった。
「ライ、ちょっと君を甘く見ていたよ」
ライはニヤリと笑った。
「父さんと毎日修行してたからな」
レンはライを攻めた。拳を繰り出し、左足と右足で交互に蹴りを出し、すべて防がれたが、回し蹴りをライの左頬に当てた。ライは倒れた。すぐに起き上がった。
「やるな、レン」
ライは笑顔だった。今度はライが攻撃する番だった。ライの拳はすべて防がれた。蹴りも躱された。
 ライは楽しかった。このように同世代の武道家と戦うのは初めてだった。
 ふたりの実力は拮抗していた。レンは余裕で勝てると思っていたので、ここまでライができるとは思わなかった。
 レンは言った。
「ライ、君は波動はどうけんを撃てないと言ったな?」
「ああ、撃てない」
「僕は撃てる。受けてみるか?」
「おもしろい」
ライは相手から距離を取り防御の構えを取った。レンは左足を前にして両足を開いて腰を落とし右手を肩の位置に上げて林檎を掴むような形を取った。その右手の中に気を溜めていく。もちろん気など目には見えない。
 そこで大僧正は言った。
「レン、もうよい。ライの基礎はわかった」
レンは大僧正の言葉を無視して右手に溜まった気を離れた場所にいるライに向けて押し出した。ライは胸に衝撃を受けたと思ったら一瞬にして後方へ吹っ飛んだ。
「ぐおっ」
ライは背中を下にして地面に倒れた。
「これが、波動拳か・・・」
大僧正はレンを叱った。
「レン、私の言葉を無視したな」
レンは言った。
「父上、ライが波動拳を覚えるのならばまずその威力を体で覚えるべきかと思いました」
大僧正は怒った。
「それは私が判断することだ。私の言葉を無視するな。だいたいおまえは僧侶であるならば剃髪しなければならん、それを去年あたりから伸ばし始めおって、なぜ剃髪しない?」
レンは横を向いて言った。
「したくないから」
「おまえには闘林寺の将来を任せたいと思っている。だが、このままでは任せられん」
「それは父上の考え。僕の考えではない。僕は寺の経営よりも真実に興味があります。その真実はおかっぱ頭でも丸坊主でも関係ないと思います。シャンバラには真実があると聞いています。僕はシャンバラで学問を修めてみたい。そのために震空波を会得したいのです」
大僧正は黙り込んだ。
「ううむ、まあいい。ライ、立てるか?」
「なんとか」
ライは立ち上がった。
「波動拳か、すげえな」
大僧正は言った。
「ライ、とにかく、体を洗い、武道着に着替えなさい。レン、ライに武道着を与えなさい」
「はい」
レンは返事をして、ライを沐浴場に連れて行った。
 
 
 翌日からライの修行が始まった。ライは黄色の武道着を着ていた。
 場所は闘林寺の境内の石段を下りて行き、平らな場所に耕された畑を抜けたところにある河原だった。川は大きな川ではなく、急流で、水は澄んでいて、闘林寺の僧たちは毎日この川の水を汲んで山の上の伽藍に運び生活水とした。その河原には大きな石がたくさん転がっていた。
 なぜか大僧正が直々に教えることになった。レンもそこにいた。大僧正は言った。
「ライ、おまえは基礎ができている。レンの波動拳を受けたな。カイも波動拳を使えたはずだ。それは見たか?」
「見た。離れた場所にいる敵を倒すことができる技だね」
「レン、やって見せなさい」
大きな石の上に人の頭ほどの大きさの石を置いた。それを吹き飛ばす。石から離れた場所にいるレンは左足を前にして足を広げ腰を落として右手を肩の高さまで上げた。右手を林檎を掴むような形にしてその中に気を溜め込んだ。そして、右手を前に突き出して気を放った。放たれた気は大きな石の上に置いた石を吹き飛ばした。
「すげえな」
ライは感心した。
大僧正は言った。
「空間には気が満ちている。物質は気の密度が高く、真空は密度が低い。人間の肉体では頭部の気の密度が一番高い。頭部には意識がある。意識は神経によって成り立っている。神経は手にもある。意識を手の中に集中すれば手の中に気が満ちる。それを的に向かって押し出せば気の球が飛び、的を破壊できる」
ライはレンの真似をしてやってみた。だが、気の球など放つことはできなかった。大きな石の上に置いた石などびくともしなかった。
大僧正は、「まあ、あとは独りで頑張りなさい」と言ってレンを連れて河原をあとにして畑を抜けて石段を上がって伽藍のほうへ帰ってしまった。
ライは石の前で何度も何度も波動拳の動きをした。しかし、気の球など出なかった。そのうち日が暮れた。ライはへとへとになって伽藍へ帰った。
翌日もライは独り河原へ出た。大きな石の上の頭ほどの大きさの石を狙って、気の球を放つ。それができなかった。まず、右手の中に気を溜め込むことができなかった。どうしたらそれができるのか。目を閉じ、意識を右手に集中した。充分気が満ちたと思い放った。が、波動拳は出なかった。それを何度も繰り返した。この日も波動拳は出すことができずに日が暮れてしまった。
 それから、毎日、ライは独り河原へ出た。ここでひとつ断っておきたいのは、闘林寺の修行は武術の修行だけではなく、農作業をしたり、食事を作ったり、伽藍や境内を掃除したりと日々の生活の隅々までが含まれるということだ。農作業では山の斜面と河原近くの平らな場所に畑があり、そこから修行僧たちの毎日の食事を賄わねばならなかった。
 ライは波動拳の修行だけではなく、その他の武術の修行も怠らなかった。剣術、棒術、槍術、弓術など、あらゆる武術を学んだ。
 ライは一年経っても波動拳ができなかった。
「レン、波動拳を教えてくれ」
ある日、ライはレンの前に土下座して言った。
「俺に波動拳を教えてくれ」
レンは言った。
「ああ、わかった。じゃあ、河原へ行こうぜ」
 河原へ出るとレンは言った。
「ライ、君はいつもどうやって気を右手に集めようとしている?」
ライは答えた。
「目を閉じて、意識を右手に集中している」
「まあ、たしかにそういうことなんだけど、なんていうかな、心を無にするんだ」
「心を無にする?」
「いや、心を無にするだけじゃ足りない。自分の居場所が右手の位置になるんだ。そういう感じかな」
ライは不思議な気がした。
「自分の居場所が右手に?」
レンは続けた。
「それから、波動拳に使う気は自分の中の気だけじゃない。周囲の気も使うんだ」
「周囲の気も?それ、初めて聞いたぞ」
「達人だとほとんど周囲の気だけで波動拳が撃てるらしい」
「え?ほんとか、それ?」
レンは頷いた。
「うん、実際、右手に集中する気は自分の気だけど、放つのは空気とか周りの気を圧縮した球なんだ」
ライは足を広げ腰を落として右手を肩の高さに上げた。そして、目を閉じた。心を無にした。いや、心を無にするとはどういうことなのだろう?自分の居場所が右手に?周囲の気も使う?
「レン、どういうことだ?」
レンは言った。
「とにかく考えずにやってみろよ」
ライはまた構えて、右手に集中した。頭の中をカラにして、周囲と一体になった。それでいて右手だけが存在するかのようになった。ライはここだと思い気の球を放った。それはまさに波動拳だった。大きな石の上の的にした石には当たらなかったが放つことができた。
「すげえ・・・、できた」
ライは笑顔になった。レンは言った。
「できたな。あとは的に当てる練習だな」
レンは伽藍のほうへ向かって石段を上がって行った。
 ライは何度も波動拳を石に向かって撃った。だが、なかなか的の石には当たらなかった。
 それが何日も続いた。押し出すような放ち方が自分には合っていないかもしれないと思い、球を投げるような動きに変えてみた。すると見事に命中した。
「これだ。これが俺の波動拳だ」
左足を前にして前後に足を開く。腰を落とす。右手を高くかざす。そこに気を溜め、その球をブンと振り投げる。押し出す放ち方よりも、この投げる放ち方のほうが強力な波動拳が撃てる気がした。命中率は日増しに上がっていった。



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