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ギリシャ、アテネの地下鉄で掏摸にあった件

私は五年前にひとりでギリシャのアテネに旅行した。
私はろくに英語ができなかったが、ひとりの海外旅行に憧れていたため、比較的英語で難がなさそうなアテネ滞在五日間の旅程を組んだ。アテネにどっぷり浸かりたいと思った。
当時、私はアテネを舞台にした小説を書いていて、どうしてもアテネに行ってみたかった。
パルテノン神殿やアゴラなどを見たかったし、小説に登場する「リカヴィトスの丘」に登ってみたかった。リカヴィトスの丘はパルテノン神殿のあるアクロポリスの東側にあり、アテネの街の中では一際存在感のある山だ。パルテノンから東に見上げるように聳えている。

リカヴィトスの丘からアクロポリスを見下ろす


私は旅行もあと二日という日に、朝からリカヴィトスの丘に歩いて登った。頂上からアテネの街を一望に見下ろすことのできるそこは絶景スポットだと思えた。西のずっと下の方にパルテノンを頂くアクロポリスがあった。
私はリカヴィトスの丘を降りると、オモニア地区にある国立考古学博物館に向かった。


オモニア地区はアテネでは一番治安が悪いので気をつけろとガイドブックにあった。しかし、実際行ってみるとそんなに危険は感じなかった。私は博物館を出ると地下鉄に乗ろうと思った。せっかくアテネに来たのだ、地下鉄に乗るのも経験だ。私は近くのヴィクトリア駅の階段を降りた。行き先はケラミコス墓地の最寄り駅TISSIOという駅だった。電車が来て私は乗った。出入り口近くに立ち、棒を掴んだ。列車は動き出した。
すると、若い男が私に話しかけてきた。「オモニア?」などと英語で聞いてきた。私は苦手な英語で彼の言うことを理解しようと意気込んだ。オモニアで降りるのかと訊いてきているようだった。私はTISSIOに行くと答えた。そのあとも彼は英語で話しかけてきた。そのとき、客が大勢立ち上がり私の周りに集まった。私は「ああ、次の駅で降りる人たちなのだな」と思った。私は人に押されて身動きが取れなかったが、若者がなおも話しかけてくるので彼の顔を見ていた。英語が聞き取れなかった。私の脇にはがっちりとした男の腕が私と同じ鉄棒を掴んでいた。私はウエストポーチを着けていたが、それが見えない状態だった。そして、列車はオモニア駅に着いた。若者を含め人々は降りていった。若者は捨て台詞のように、「なんだよ、英語もできねえのかよ」みたいなことを言った。私は悔しかった。そのとき、私はウエストポーチを見た。ジッパーが全開に開いてあった。「しまった!」と私は思った。私は不幸中の幸い取られなかった財布を確認した。中の日本円の札が全部抜き取られてあった。私は犯人を追いかけようと一旦ホームに降りた。若者は仲間と遠くに歩いて行く。「追いかけるか?」しかし、そのあとのことを考えると怖かった。もし、追いかけたら、最悪、殺されるかもしれない。私はもう一度財布を見た。ユーロ札は無事だった。残り二日の旅行には問題はなさそうだった。私は再び電車に乗った。私は悔しかった。掏摸のグループにカモにされたことはもちろん悔しかったが、掏摸なんかやっている若者に英語力で負けたことが悔しかった。やはりガイドブックは正しかったと思った。オモニア広場周辺は危険なのだ。私はTISSIO駅で降りて、次に訪れる遺跡、ケラミコス墓地に悲しみと共に歩いた。

ケラミコス墓地

ケラミコス墓地では石に座りぼんやりと過ごした。敗北感が強く私を憂鬱にさせた。だが、悔やんでも日本円は返ってこないことを思うと、観光を続ける気になった。そのあとでガイドブックの『地球の歩き方』をなくしたことにも気づいた。これは掏られたのではなく、どこかに忘れたものだとは思ったがもう無いものはしょうがなかった。しかし、もうほとんど見るべき場所は見た感じだったので、土産物などを見つつ、アテネの街を彷徨った。実は旅行社の企画より一泊多く泊まることにいしていた私は、その一泊が無駄だったように感じた。翌日の最終日には昼頃ホテルに迎えのタクシーが来る。それまで私は早朝からパルテノンに登り、じっとその偉大な神殿と共にあった。

朝のパルテノン

ホテルに戻り、チェックアウトすると、私はタクシーの運転手が来るまでロビーで待った。そのとき他の旅行客の男性が話しかけてきて、レバノンから来たとのことだった。私は英語で何か言ったが、もう自分の英語力では危険を乗り越えることはできないと諦めの思いがしていた。タクシーの運転手とはずっと空港まで楽しく英語で会話ができた。しかし、私の英語の程度はその程度なのだ。掏摸に負けるレベルなのだと敗北感と共に飛行機に乗った。しかし、自分で飛行機に乗り、自分でイスタンブール空港で乗換えて日本に帰るという冒険をしたのは初めてだった。これからも挑戦はしたいと思う。次に英語の挑戦をするとしたらニューヨークがいいと思っている。ただ、海外旅行は基本、日本語ガイド付きにしようと思っている。もう世界放浪とかの夢はなく、日本語ガイド付きで、ちょっと自由時間に英語を使うくらいがいいと思っている。

パルテノン神殿前の国旗掲揚

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