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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』12

七、迷宮洞窟
 
 翌朝、村人に別れを告げ、ルミカたちは洞窟に足を踏み入れた。断崖絶壁にめり込むように七重塔が建っていて、その建物が迷宮洞窟への入り口だった。
 四人はひとつずつランプを持っていた。キトはどこから持って来たのか、缶に入った黄色の塗料を持っていた。
ライは訊いた。
「キト、その黄色の塗料、どうするの?」
「分かれ道で印をつけて行くんだ。帰り道がわからなくなったら嫌じゃないか」
「あ、そうか」
ライたちは納得した。
 だが、これはキトの裏切りでもあった。キトに黄色の塗料の缶と刷毛を渡したのはグルドの子分だからだ。キトが黄色の塗料で付けた印にしたがってグルドたちは迷宮に入って来るのだ。
 先頭にレンが立ち、次にルミカ、その次にキト、最後にライが続いた。洞窟には狭い所や広い所があった。鍾乳石が天井からぶら下がっていてキラキラしていた。その下には槍の穂先のような石筍せきじゅんが上を向いて立っていた。
蝙蝠こうもりがたくさんいた。しかし、まるで人が通ることを想定していたかのように歩きやすい洞窟だった。狭くても匍匐ほふく前進するような場所はないし、崖を降りる場所などもなかった。ただ、分かれ道が無数にあり、何度も同じところを通っていると錯覚させるような幻惑的な景色が続いた。
 ルミカは分かれ道に来ると迷わず進むべき道を選んだ。
レンは言った。
「ルミカ、なぜ、君には道がわかるんだ?霊感ってそんなに信用できるものなのか?」
ルミカは答えた。
「霊感と一言で片づけられたくない。わたしには真実を探求する心があって、神の啓示を受けました。わたしは神に導かれているだけです」
ライは言った。
「それを霊感って言うんじゃねーの?」
ルミカは笑った。
「そうですね」
 広い場所に出た。脇には水の流れがある。水が流れている方向は広くていかにも進行方向といった感じだが、ルミカはそちらの進路を取らず、もうひとつの進路、水の流れていない狭い方に進路を取った。
キトが言った。
「本当にこっちなの?」
ルミカは答えた。
「ええ、こっちです。広い通路は地下を流れる川に行きつきます。でも、そこで行き止まりです」
「ふ~ん」
キトは狭い方に黄色の塗料で丸印を描き。広い方にはわかりやすく大きくバツ印を描いた。
帰り道のほうには三角印を描いた。
「おい、見ろよ」
ライが洞窟の脇を指さした。
「これ、人間の白骨死体だぜ」
キトは言った。
「嫌ね。ルミカ、本当に大丈夫?あたしたちも白骨死体になったりしない?」
ルミカは答えた。
「大丈夫。わたしを信じて」 
洞窟内には人間の骨が転がっている所がいくつもあった。ライは不安になった。母親のメイは本当にシャンバラにいるのだろうか?この洞窟内で死んで骨になっているのではないか?
 グルドたち山賊はツォツェ村に到着していた。ツォツェ村からは歓待を受けた。山賊たちはおおいに感動した。山賊は略奪しようとツォツェ村に入ったのに、歓待されたのだ。それは山賊になってからというもの経験したことのないことだった。
 背の低い太ったパンチョは言った。
「親分、もしかしたらシャンバラでももてなしてくれるかもしれませんぜ。そうしたらどうします?略奪しますか?」
グルドは言った。
「ううむ、難しいな。歓待されたら略奪する動機がなくなるからな。シャンバラは仏国土だと聞いているが、俺には仏の教えなど関係ねえ。財宝を頂いたら、とっとと帰ってくるか。もしかしたらその財宝もすんなり貰えたりしてな。山賊が山賊である理由がなくなるな」
パンチョは言った。
「でも、親分、シャンバラがすげえ軍隊を持っていて、山賊の俺たちを捕まえて首をねるようなことがあったらどうします?」
「戦うしかないな」
グルドは言った。パンチョは言った。
「この四十人で軍隊と戦うんですか?相手は千騎二千騎といてもですか?」
グルドは笑った。
「そのときは逃げるしかないだろう」
 
 
 洞窟は迷宮と言われているだけ奥深かった。もう、地上では日が暮れていたが、地下にいるルミカたちにはそれがわからなかった。眠くなったので途中の広い場所で眠ることにした。
 翌朝、ルミカたちはパンと水だけの朝食を済ますと歩き始めた。
 その頃、グルドたちも洞窟に入った。
 松明を持つパンチョが言った。
「おお、素晴らしいですぜ、親分。キトの奴、ちゃんと印を付けてくれてある。さすが親分の娘っすね」
グルドはニヤリと笑った。
「もうすぐ、抱えきれないほどの財宝を手に入れるのだ。おまえたちにもちゃんと分け前をやるからな」
山賊たちは声を上げた。
「おー、さすが親分」
 
 
 ライは立ち止まって言った。
「今、なにか聞こえなかったか?『おー』っていう声のようなものが?」
キトは言った。
「気のせいじゃないか?」
「そっか」
ライは後ろを見ていたが、首をひねって前に向かって歩きだした。
 
 
 しばらく狭い通路を行くと、ルミカたち四人は大きな空間に出た。天井は二階建ての建物がすっぽり入るほど高かった。壁と天井は乾燥した岩肌がゴツゴツとしている。
 その壁面に、明らかに人工物で長方形の石碑のようなものがあった。それは高さが人の身長の倍はあり、三人が手を繋いで横に広がったほどの幅があった。
「これだ。この石板がシャンバラへの門だ」
ルミカは石板の文字を読んだ。
「『この先に進む者、真実を愛する者』」
レンは言った。
「じゃあ、この石板を震空波でぶっ壊せばいいんだな?」
ルミカは言った。
「お願いします」
レンがキトにランプを渡すと、ルミカ、キト、ライはレンから離れた。
 レンは石板に向かって左足を前に出し腰を沈め、右手を肩の位置に挙げて林檎を掴むような形を取った。その手の中に気が集中されていった。レンは目を閉じていた。
 そして、レンは目をカッと見開き、右の掌を前に突き出した。
「震空波!」
開かれた右手から空間を震わせる波が出た。その波はランプの光を屈折させ洞窟内はまるで光のショウが行われているかの如くになった。
 空間を揺らす波は石板に届いた。
 だが、石板は割れなかった。傷ひとつ付かなかった。
「なぜだ?」
レンは石板に駆け寄った。
「震空波で壊れるはずじゃないのか?」
ルミカは言った。
「いや、震空波で壊れるはず」
「じゃあ、なぜ壊れない?僕の震空波じゃダメなのか?」
ルミカはライを見た。
「あなたの震空波は?」
ライは答えた。
「いや、俺には震空波は撃てないんだ」
そのときランプを手にしたキトが洞窟の広い空間の隅にある白骨死体の近くで言った。
「ここに、文字が刻まれてある。ライ、おまえの名前が刻まれてあるぞ」
「え?」
三人はキトの周りに集まった。そこには数人の白骨死体があり、壁の岩に文字が刻まれてあった。
 ライは読んだ。
「カイ、そして、小さなライ。わたしはシャンバラに行くというわがままのためにあなたたちを捨てました。でも、あなたたちを愛してなかったわけじゃない。ただ、家族への愛よりも真実への愛がまさってしまったのです。ごめんなさい。わたしはここまで来て門を開くことができず、もう飢えて死にそうです。たぶん死ぬでしょう。家族を捨てたこと本当に後悔しています。ごめんね、ライ。
                         母、メイより」
 
 ライは号泣し嗚咽した。
「母さん!こんなところにいたの?バカだよ。俺を捨てて、父さんも捨てて、真実なんて・・・三人で幸せに暮らすことができたのに、俺と父さんと母さんと三人で・・・でも謝るなんて、そんなこと・・・」
ライの右手の中にものすごいエネルギーの気が集まり始めた。
レンは言った。
「ライ、今のおまえなら震空波が撃てる。石板に向かって放て」
ライは号泣している。
「石板?今、俺はそれどころじゃないんだ。この感情は、この感情は。ああ、母さんの真実への道を阻んだ壁。もし、こいつが開いていれば母さんは死なずに済んだんだ。そうすれば母さんはシャンバラで真実を得て俺たちの所に帰って来たかもしれない。俺たちの幸せがこの壁のために・・・。今の俺ならこの石板は壊せる。震空波を何発だって・・・」
ライの頭の中には父の最後の言葉が蘇っていた。
「おまえは愛されて生まれてきた。そのことを忘れるな!」
ライは右手の気を石板に向けて放った。右掌と石板の間の空間が波打った。石板にはひびが入った。ライは震空波を放ち続けた。石板は割れ始めた。そこにレンの震空波が加わった。ふたりの震空波により石板は崩れ始め、そして完全に崩れ落ちた。向こうには不思議なものがあった。
 ふたりは震空波を放つのをやめた。
 石板の向こうには水の壁のようなものがあった。透き通っていて向こう側が見える。向こう側はこちらと同じような洞窟だ。ただうっすらと光が差し込んでいる。水の壁の厚さはその中を五歩も歩けば向こう側に行けるほどだ。
 ルミカはその水を触ってみた。水ではなかった。ゼリーのような不思議な液体だった。
「ここを通っていくのね」
ルミカは液体の壁に足を踏み入れた。そして、全身が入ると歩いて向こう側に出た。
ルミカは振り返り、三人を呼んだ。液体を通して変に歪んだ声だった。
「おいでよ。大丈夫、心配ないわ」
レンはランプを置いて液体の中に入った。そして、数歩歩いて反対側に出た。
 ライはまだ泣いていた。
「俺には母さんの思い出がない」
キトはライを促した。
「行こうよ。シャンバラへの入り口は開いたよ」
 ライは涙を拭いてランプの灯を消して、そこに置き、液体の中に入った。数歩歩いて向こう側に出た。キトも同じようにした。
 四人は向こう側の世界に辿り着いた。
 液体の中を通り抜けたはずが、不思議なことに四人は濡れていなかった。
 ライは母親の死をまだ受け入れられず、この地下がまるで母親の胎内であるかのような奇妙な錯覚を得た。シャンバラが理想世界というが、ライにとっては母親の胎内こそが理想世界であるような気がした。それは誰もがかつていた幸福の世界で、そこから人は生まれてくるのだ。あのストレスのない世界以上に安寧な世界があるだろうかとライは思った。はたしてシャンバラは理想の世界なのか?人はなぜ世界に生まれてくるのだろう?
 ライは言った。
「ここがもうシャンバラなのか?」
ルミカは言った。
「向こうの光の差すほうに行ってみましょう。そこには理想世界が広がっているのよ、きっと」
四人は光のほうへ歩き出した。
 
 
 崩れた石板とその向こうにある液体の壁に向かってグルドたち四十人の山賊は立っていた。
「これがシャンバラへの入り口か」
グルドは呟いた。そして言った。
「よしみんな、俺に続け」
グルドは液体の中に入った。それに続いて四十人の山賊はシャンバラへの通路を通り抜けた。
 しかし、スネルだけは違った。山賊が全員液体の中に入るのを見届けると、元来た道を戻り始めた。そして、洞窟から出て、ツォツェ村からも出て、高台で狼煙をあげた。
 その狼煙を見た仲間が等間隔に狼煙をあげて、七つの峠を越え、最後の狼煙がラパタ城から確認できた。
 ラパタ城の玉座に座ったマール国将軍アガドはその狼煙の報告を受け立ち上がった。
「シャンバラへ行くぞ」
アガドは五百人の軍勢をラパタ城に残し、残りの五百人を従え、シャンバラへの道を進軍し始めた。



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