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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』13

 第三章 シャンバラ
 
一、歓迎会
 
 洞窟を出ると、霧深い、山里の風景が広がっていた。
レンは呟いた。
「ここが地下世界シャンバラ?」
山の斜面には段々畑がある。空は霧で見えない。地下だから空があるはずはないが。
ライは言った。
「地下にも太陽があるのかな?作物は育つのかな?」
ルミカは言った。
「それはそのうちわかるでしょう。さあ、住民に会いに行きましょう」
 四人は川沿いの道を歩いて里のほうに下って行った。
 里は山と山の間に広がる狭い土地で、幅が一キロあるかないかの広さだった。水田と畑の広がる村がありを茅葺かやぶき屋根やねの木造住宅が点在していた。
 畑で農作業をしている住民に会った。中年の男性だ。地上の農夫と何ら変わらない姿をしている。肌の色は黄色の東洋的な人種である。服装は異国の服だが、地上にも充分ありそうなもので、上着は前で合わせて腰に帯を巻いて閉じ、その下にズボンを穿いていた。その住民は言った。
「おや、その服装からするとあなたたちは上人じょうびとか、珍しい。わたしは初めて見るな。前に来たのは百年前だと聞いているが・・・」
ルミカは挨拶した。
「こんにちは、ここはシャンバラですか?」
農夫は答えた。
「いかにもシャンバラです。あなた方は地上から来たのですな。では歓迎せねば。どうぞこちらへ」
農夫は四人の先頭に立って歩き始めた。
「地上人が来たら、歓迎することになっているのです。ここは地上との出入り口にある村でして、歓迎館があります。そこで歓迎会をします」
ライたちは周囲を見渡していた。畑で農作業をしている人々を見た。みんな笑顔で挨拶してくれた。畑では見たこともないような野菜を育てていた。
 しばらく行くと、田園の中にある、茅葺屋根の二階建ての大きな建物に着いた。その建物の前には広場があり、いかにも村の集会場所のように見えた。
「ここが歓迎館です。どうぞ二階に上がってください。地上と違って酒も肉もありませんが、シャンバラの野菜料理は本当に美味でして、堪能してください」
 いつのまにかルミカたち四人は個室の白いテーブルクロスの丸テーブルに着いていた。
 出てくる料理はすべて野菜料理だったが、この世のものとは思えない美味さだった。
 ルミカは給仕の男性に質問した。
「シャンバラの政府の首長と会いたい。できれば宗教指導者にも会いたいのですが。可能ですか?」
作務衣風の服を着た給仕の男性は言った。
「シャンバラには政府というものはありません。宗教指導者でしたら、大学の学長がそれに当たりますかね」
ルミカは驚いた。
「政府がない?では、どうやってシャンバラでは政治を行っているのですか?」
給仕の男性は言った。
「政府を必要とするほどシャンバラの人間は愚かではありません」
レンは言った。
「シャンバラの人間はすべて悟りを開いているというのは本当ですか?」
給仕の男性は言った。
「悟りを開くというか、すべての住民が高等教育を受けています。それで幸せに生きるための学問を修めるのです。ですから、教育を受けた大人は、そうですね、悟りを開いているとも言えるかもしれませんね」
ルミカは言った。
「では、宗教指導者の学長に会わせていただけますか?」
給仕は言った。
「宗教指導者ではありませんが、まあ、いいでしょう。食事が終わり次第ご案内します」
 食事が終わると四人は給仕を先頭に階段を降りた。
 すると、一階の広い食堂にはグルドと四十人の山賊が飯を喰らっていた。山賊たちは酒や肉のないテーブルを見て初めは不満だったが、野菜料理の美味さに舌を巻き、静かに食事を堪能していた。
 パンチョは言った。
「美味いっすね、親分」
グルドは頷いた。
「うむ、美味い」
片眼の剣士バドは言った。
「スネルの姿が見えないが?」
グルドは言った。
「放っておけ。女でもあさってるんだろ?」
 階段を降りて来たライの眼にグルドの姿が映った。
 ライは何かを投げる仕草をした。波動拳を放ったのだ。
 食事中のグルドは顔面に波動拳を受け、椅子ごと後ろに倒れた。食堂はにわかに殺気立った。山賊たちは言った。
「誰だ。親分になんかしたのは?」
ライは手すりを飛び越え、階段から飛び降りた。
「俺だ。父さんのかたき、今こそ取ってやる」
山賊たちは抜刀した。
レンは言った。
「やめろ、ライ!」
ライは山賊たちの中にひとりで殴りこんで行った。
 食堂はメチャクチャだった。ライは椅子をぶん回して暴れた。
 給仕は言った。
「愚かな。暴力など。地上人はこんなにもシャンバラと文化レベルに差があるのか?」
ルミカは言った。
「レン、ライを止めて」
レンは混乱の中に入って行こうとした。そのとき。
「やめて、みんな!ライもやめて!」
そう叫んだのはキトだった。
山賊たちは一斉にキトを見て動きを止めた。ライもそれに合わせて止まった。
キトは言った。
「あたしはライと結婚するの。だけど、ライが親父を憎んでいたり、みんながライを殺そうとするのなら、あたしは結婚できない。みんな、あたしのためだと思って、ライを殺さないで。ライもお願い。親父を憎まないで」
ライは言った。
「でも、俺はこいつらに父さんを殺されたんだぜ!」
キトは言った。
「だから、辛いだろうけど水に流して!」
そのとき、ライの背中を剣士バドが刀のかしらで強打し、ライは気絶した。
「ライ!」
キトはライに駆け寄った。山賊たちはどうしたものか立ったままキトとライを見つめていた。
 グルドはようやく立ち上がった。
「痛かったな。ひでえ奴だ。食事中に不意打ちとはよ」
剣士バドは言った。
「やはり、殺したほうがいいのではないか?」
「いや、こいつは娘が惚れた男だ。かわいい娘のためにも殺すわけにはいかない。それに今、俺たちはシャンバラにいる。シャンバラの警察は俺たちなどすぐにお縄にしちまうかもしれない。ここは穏便に行こう。こうやって歓迎会までしてくれるんだ。もしかしたらお宝も、奪うまでもなく譲ってくれるかもしれないぞ」
バドは言った。
「それはつまらないな」
グルドは言った。
「だが、地上に帰ってからが大変かもしれない。なにしろシャンバラの宝を持ち帰るんだ。他の山賊が横取りに来るかもしれん。そのときはおまえの力が必要だ」
バドは黙って頷いた。
グルドは言った。
「キト、おまえの婚約者は俺を殺そうとする。そいつを俺に近づけるな。それがそいつの妻であり俺の娘の務めと思え」
「親父、あたしは子分じゃないよ。洞窟では道案内の目印を描いて協力したけど、もうそれで最後だ。あたしはライと結婚して幸せになるんだ」
グルドは鼻で笑った。
「ふん、勝手にしろ」
キトはライを担いで歓迎館から出た。レンとルミカも外へ出た。
外は青空だった。
レンは驚いて言った。
「青空?ここは地下じゃないのか?」
給仕は言った。
「あなたの世界から見たら地下ですが、実際は地下ではありません。それも詳しくは学長から聞いたらいいでしょう」
井戸の近くの地面に寝かされたライの顔にキトはバケツで水を掛けた。ライは目を覚まして言った。
「くそ、グルド!」
キトは言った。
「ライ、もうあたしの親父を憎まないでくれ」
「なぜだ?俺の父さんを殺した奴だぞ」
「あんたがあたしの親父を殺したら、今度はあたしがあんたを憎まなくてはならないの?」
ライは黙った。
 すると給仕が言った。
「憎しみにより、あなたは苦しんでいるのですね?」
「え?」
ライは給仕の顔を見た。穏やかな顔だ。
「憎しみの連鎖はどこかで断ち切らねばなりません。あなたはその鎖を自らが断つ勇気はありますか?」
「勇気?」
「自らの気持ちを自らの中で変えるには勇気が要ります。あなたは父親を殺されて、殺した者を憎んでいるのでしょう?ならば、今後も同じようなことがあればあなたは一生憎しみという苦しみに付きまとわれることになるでしょう?そんな生き方を変えるには、自分の思想や感情を変える必要があります。そうではありませんか?」
ライは答えた。
「でも、父親を殺されたんだぜ?」
給仕は言った。
「憎しみのある人生とない人生、あなたはどちらを生きたいですか?」
ライは黙った。
 給仕は言った。
「さあ、学長の所へ行きましょう。学長は物知りです。多くのことを教えてくれます。あなた方は若いですからおおいに学ぶといいです」
 四人は給仕に導かれ、山里の風景を見つつ、田舎道を歩いて行った。左には幅五メートルほどの川が流れている。四人はその流れに沿って歩く。川の向こうには田畑が広がり民家が点在していて、その向こうは竹林や雑木の山が迫っている。いっぽう、右手には同じように田畑が広がり民家が点在している。山には段々畑があり、その周りはやはり竹林や雑木林がある。前方には、田畑の中に茅葺屋根の建物が点在している。



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