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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』21

四、シャンバラへの入り口を閉ざせ 

 ラパタ城の東門から山賊とラパタ国民は中へ攻め込むことができなかった。仕方がないので、森の中に退却した。
 夜になっても山賊とラパタ国民はアガド軍とにらみ合いを続けていた。
 ライ、レン、キトの三人はこっそりと夜陰に紛れて、シャンバラへの入口へ向けて旅立った。
 アガドは城の寝室で疲れて眠っていた。
 グルドは地下牢に閉じ込められていた。
 そして、翌日、拷問が再び始まった。グルドは自分の娘が縛られていた十字架に同じように全裸で縛られた。
「秘宝はどこにある?言え!」
アガドは鞭でグルドを打った。
「ふん、言ってたまるか?」
そんなことを一日やっていた。グルドは口を割らなかった。
数日後、広場でアガドが十字架に縛られたグルドを拷問していると、そこへねずみのような顔をしたスネルがやって来た。
「将軍様、グルドの隠していた秘宝を持って来ました」
「なに?」
アガドは喜色満面となった。アガドは布に包まれたそれを受け取り、取り出した。
「おお、美しい。まさに黄金のダイヤ。この世を我が物にできるという」
グルドはスネルに言った。
「なんだ?スネル、おまえ・・・」
スネルは言った。
「おや、山賊の親分。相変わらずアホ面ですな」
グルドは怒り心頭した。
「貴様、裏切ったな!」
スネルは笑った。
「今頃遅いわ。もうおまえに用はない。ここにアガド様を世界の覇者にする黄金のダイヤがあるのだからな」
グルドは笑った。
「ふん、おまえは情報屋にしては情報不足だな」
「なに?死が怖くて血迷ったか?さあ、アガド様、その宝石の力を試す時が来ました。マール国に侵攻しましょう」
アガドは言った。
「だが、何か変化が起きるわけではないな?」
スネルは言った。
「行動に移せば力を発揮できるのでは?」
グルドは笑った。
「はっはっは、バカども。それは偽物だ。本物はシャンバラにある。俺も騙されたんだよ」
スネルは笑った。
「バカだな。いまさら、そんな嘘を言ってもおまえは助からんぞ」
グルドは言った。
「じゃあ、試しにそいつを地面に叩きつけて見ろ。ガラスだから粉々に割れるぞ」
アガドは少し躊躇ったあと、実際に叩きつけてみた。すると、その黄金のダイヤと思われていたものは、粉々に砕け散った。
グルドは笑った。
「はっはっは、おまえの野望は運が尽きた。今頃、ライとレンがシャンバラへの入り口を閉ざしに行っている。もう、おまえが黄金のダイヤを手にすることはない。入り口が再び開くようになるのは百年後だ」
アガドは激怒した。
「お、おのれ!」
アガドは刀を抜き、グルドの首をねた。グルドの首は血しぶきを出して飛んだ。地面に転がった顔は目を見開き笑ったままだった。
アガドは号令した。
「今からシャンバラへ向かう。の地への入り口を閉ざそうとする愚か者を殺せ!」
アガドは騎馬軍を率いてラパタ城を出て西へ向かった。途中から馬が通れなくなったので徒歩になった。ほとんど眠らずに行進した。
 
 
 その頃、ライとレンとキトはツォツェ村に入っていた。そこにシャンバラから帰って来たアガド軍がいた。
 アガド軍のシャンバラ制圧本部長が言った。
「シャンバラのサティーヤグラハにより私たちは目を覚まされました。彼の地を侵略することが、虚しく感じられるようになり、全員一致の決断でシャンバラから地上に帰って来ました」
ここのアガド軍の守備隊はライたちを通してくれた。ライとレンとキトは洞窟に入った。
 洞窟の中はアガド軍が設置した松明によりほんのりと明るかった。これが異世界への入り口に繋がっていると思うと納得できる神話的な雰囲気があった。
 キトがかつて付けた印に沿って洞窟の中を三人は進んだ。そして、ついに、シャンバラへの入り口のある広い空間に着いた。
 レンは言った。
「じゃあ、ルミカを連れて来よう」
三人は液体の壁を通り抜けシャンバラに入った。
 シャンバラにはやはり、もうアガド軍はいなかった。
 ライたちはルミカのいるサファリ学長の家に行った。
 ルミカはライたちを出迎えて言った。
「みんな、アガド軍はどうなりました?シャンバラからは退却したけど」
レンは言った。
「まだ、ラパタ国で攻防が続いている。ルミカの両親と弟は助け出したよ。国王一家が助けられたことで国民は立ち上がった。僕たちはシャンバラへの入り口を閉ざしに来たんだ。ルミカ、帰ろう」
ルミカは迷った。まだ真実を学んでいない。
 サファリ学長は言った。
「四人全員が帰ることは不可能だ。少なくともひとりはこちらに残ることになる」
レンは訊いた。
「え?どういうことですか?」
サファリ学長は言った。
「入り口を閉ざすにはふたりで地上側からとシャンバラ側から同時に震空波を放たねばならない。ライとレンのうちどちらかがシャンバラに残ることになる」
しばらく四人は声が出なかった。
 が、沈黙を破ってレンは言った。
「じゃあ、僕が残るよ。僕はシャンバラで生きていく。ライよりも僕のほうがシャンバラに合ってるだろ?」
「レン、おまえ・・・」
ライはレンの想いについて考えた。
 ルミカは何も言えなかった。
 サファリ学長は言った。
「さあ、早くしなさい。もしかしたら、アガド将軍はこちらに向かっているかもしれない」
 
 
 実際、このとき、アガドは兵を連れてツォツェ村に到着していた。
 シャンバラから戻った兵士たちがたくさんいるのを見てアガドは解釈に困った。
「なぜ、こんなに我が軍がいるのだ?」
「将軍閣下、シャンバラは理想郷です。我々の行くべきところではありません」
とシャンバラ制圧本部長が言った。
 アガドは言った。
「このバカどもが。おまえたちはあとで軍令違反で罰してやる。さあ、急ぐぞ、精鋭部隊よ、我に続け」
アガドは洞窟に入った。
 
 
 ライは洞窟内の広い場所にシャンバラへの入り口を向いて立っていた。隣にはキト、そしてルミカがいる。そして、液体の壁の向こう、シャンバラ側にはレンが立っている。
「レン・・・本当にいいのか?」
ライは涙を溜めて言った。
「おまえは親友だ。一緒に闘林寺で修行したかけがいのない親友だ」
レンも涙を溜めて言った。
「僕もライのことは親友だと思っている。今までありがとう。それから父上には僕はシャンバラに永住することになったと伝えてくれ」
ライは頷いた。
「レン・・・お前がそう言うならそうするよ」
そして、レンはルミカを見た。ルミカもレンを見つめた。
「レン・・・」
そのとき洞窟の上のほうから大勢の足音が聞こえてきた。
キトは言った。
「アガドたちか?ライ、急がないと」
 ライは震空波を放つ構えを取った。左足を前に出して腰を落とし、右手を肩の高さに林檎を握るような形を取った。
 液体の壁の向こうでもレンが構えている。
 そのとき、ルミカが突然、液体の壁に飛び込んだ。
「え?ルミカ?」
レンたちは驚いた。
 ルミカはシャンバラ側に行き、レンに抱きついた。頬は涙で濡れている。
「わたしはレンと共にシャンバラで生きていきたい」
レンは戸惑った。
「ルミカ、何を言ってるんだ。君は王女様じゃないか」
ルミカは言った。
「わたしにはコタリという弟がいます。彼が王になります。わたしはいいの。あなたと共に幸せになれれば・・・」
ルミカはレンの眼を見た。レンもルミカの眼を見た。ふたりは唇を重ねた。ライとキトは抱き合う恋人たちを温かい気持ちで見つめていた。
 レンとルミカは体を離してライたちのほうへ向いた。レンは言った。
「ライ、キト、僕たちは今、この場所で結婚する。もう僧侶であることは辞めるよ。僕はルミカを初めて見たときから運命の人だと思っていた。旅を続ける間ずっと想いは強くなっていった」
ルミカも言った。
「私も旅をするうちにレンのことを愛するようになっていました。とくにシャンバラで共に行動をしたときにその想いを確信しました」
キトは言った。
「よかったね。でもいいの?シャンバラに残ったらもうこちらの世界には戻れないんだよ。家族に会えないんだよ?」
ルミカは言った。
「キト、お父様たちに伝えて。私はシャンバラで幸せに暮らす。でも、ラパタ国での日々のことは絶対に忘れない」
キトはレンに言った。
「レン、ルミカの決意はあなたがルミカを愛し続けることが前提だからね。絶対ふたりで幸せになるんだよ」
レンは頷いた。
「わかった」
 そのとき、ライが叫んだ。
「アガドが来たぞー」
キトは広場の入り口に駆け寄って、侵入しようとするアガドと剣を交えた。アガドがいるのは人ひとりが通るのがやっとという狭い場所なので広場側にいるキトはアガドひとりを相手にすれば後ろにいる他の兵士たちの侵入を防ぐことができる。
 ライは液体の壁の前に立って言った。
「いいか?レン?」
ライは左足を前に出し腰を落として右手を肩の位置で林檎を掴むようにして構えた。ライの眼から涙が溢れた。
 液体の向こうにいるレンも涙を流していた。レンとルミカは懐かしい地上世界と永久に別れることになるのだ。レンはルミカから離れて腰を落として構えた。
「いいぞ、ライ」
ライは言った。
「『せーの』で行くぞ」
「わかった」
 ふたりの右手に気が集中していった。
「「せーの!」」
「「震空波!」」
ふたりは同時に右掌を前に突き出し、震空波を放った。ふたりの間の空間が歪み、液体の壁は七色に変化した。そして、一瞬眩しい光を放った後にはもう、ライの前には液体の壁ではなく石板の壁が立っていた。
 レンとルミカが別世界に行ってしまったようにその存在すらも消えたように壁は沈黙していた。
 アガドがキトを押し込み、広場に兵士たちと共に入って来た。
 ライは言った。
「残念だな。アガド。もう、シャンバラへは行けないよ」
アガドは悔しがった。
「おのれ!ガキども!おのれ!」
ライは言った。
「おまえは世界の帝王になりたかったのか?」
アガドは怒りながら言った。
「そうだ、俺は世界の帝王に・・・そうだ、こうなったらラパタ城を拠点にマール国に攻め込んでやる。あの無能なブタの首を取って俺がマール国の王になってやるのだ!」
アガドはライとキトなどすでに眼中にないらしく、ふたりを捨て置いたまま元来た道に取って返した。
「皆の者、続けっ!」
 アガドはツォツェ村に残してあった全軍を率いてラパタ城に帰ろうとした。
「今から、我が軍はマール国を攻める!」
ほとんどの兵士は付いてこないのに、アガドは七つの峠を越え、ラパタ城に帰還した。
 ラパタ国にはすでに戦火はなく、城にはアガドが入城したときよりずっと多い、数えきれないほどのマール国の赤い旗が翻っていて、アガドは不思議に思いながら玉座の間に走り込んだ。玉座には太った若いマール国王が座っていて、ラパタ国王夫妻とコタリ王子が横に控えていた。玉座の間にはその他、大勢の兵士が槍を持って立っていた。
アガドは面食らった。
「こ、これは、どういうことだ?」
マール国王の玉座の近くに背の低い頬肉の垂れた初老のゲンク大臣が控えていた。アガドは理解した。
「ゲンク、貴様?」
床より数段高くなっている玉座から見下ろすマール国王は言った。
「アガド将軍、貴様には謀反の疑いがある」
アガドは抜刀して玉座のマール国王を睨んだ。
「おのれ!この無能なブタめ!マール国は俺が貰う!死ね!」
アガドはマール国王に向かって走り寄ろうとした。
マール国王は周りの兵士に言った。
「殺せ!」
アガドは兵士たちの長槍に次々と刺され、あと数段上がれば玉座のマール国王に手が届くという所で床に崩れ落ちた。
「おのれ、生まれさえ、王室ならば、この俺が・・・」
アガドは絶命した。
 マール国王は言った。
「ラパタ国王よ。我が家臣が迷惑をかけた。すまなかったな。ラパタ国は再び、朝貢国としてマール国に朝貢してくれるな」
ラパタ国王はうやうやしくお辞儀をした。
「はい、もちろんでございます」
 マール国王は玉座より立ち上がった。
「よし、すべてよし。我が軍よ、国に帰るぞ」
マール国王軍はアガドの残していった軍隊もすべて引き連れ、ラパタ国をあとにし、東のマール国へ向けて峠を越えて行った。
 
 
        *
 
 ライとキトはツォツェ村から七つの峠を越えてラパタ国へ戻った。その道中、野宿するたびに、ふたりは晴れた夜の星空を見上げた。この宇宙のどこかにシャンバラがありレンとルミカがいる、遠くにいても自分たちの友情は変わらない、そう思った。
 ラパタ国に着くと、ライとキトはルミカがシャンバラに残りレンと結婚したこと、そして、もう帰って来ないことをラパタ国王夫妻に伝えた。夫妻は抱き合って泣いた。
 それから、ライとキトはラパタ国にあるグルドの眠る墓で冥福を祈った。盛土に木の札を立てただけの質素な墓だった。山賊でありながらラパタ国に貢献したことを讃えられ、石の墓に建て替えられるのは後のことだ。
 グルドの墓参りをすると、ふたりはすぐに闘林寺を訪問し、レンがシャンバラの人となったことを大僧正に伝えた。大僧正はただ大きく頷いただけだった。
 その後のライとキトについてはよくわかっていない。


(完)



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