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ファースト・インプレッション

お題で指定された、『紅さんと眞言さんが初めて出逢った時』を書きました。実はこの出逢いはずっと考えていのですが、ようやく出力できて嬉しいです。

眞言さんの今で言うツンデレ、ハリネズミの針を全力で逆立ててるところもお楽しみください。後の即落ち二コマを思うとにやにやしますよ。なんとかラブラブまで繋ぐエピソードを作りたい…

少しずつ外堀を埋めて、まとまった形にしたいと思っています。
では、どうぞ。

ファースト・インプレッション

「――多禄丸紅、だな」
 名を呼ばれた。振り向くと、見知らぬ男が俺をにらみつけていた。
 夜の住宅街。ワンナイトラブを交わした子を自宅まで送って、ぶらぶら散歩をしながら帰ろうと足を向けた時だった。なぜこんなところで名を呼ばれなければならないのか。
「まずあんたが名乗れよ」
 不機嫌さを丸出しにした俺に、男は笑った。蒼白い上弦の月の光に照らされ、男の歯が白く光った。緋い目が、俺を射ている。一瞬、美しいと思ってしまったが、すぐに俺はそんな雑念をはねのける。男は明らかに俺へ敵意を持っている。
「確かに名乗らないのは道義に反しているな。お前などに名を聞かれても、俺の本質は損なわれたりはせん」
「ご託はいらない、あんたは誰だ」
「――迦具土眞言」
 男は唇の端をつり上げた。そんな凶悪な表情を作っても、不思議とその上品さは保たれている。
「迦具土、まこと」
 噛んで含めるように復唱する俺に、迦具土眞言は笑みを深くする。
「鑑知と関係あるのか」
 俺は疑問を呈した。
 迦具土鑑知は俺の友人――親友と言ってもいい。中高一貫校の入学の日に知り合い、他の友人たちとともに親交を深めた。もう六年以上のつき合いだ、鑑知は何かと俺に気を遣ってくれ、何でも相談できる間柄になっている。
 迦具土とは、伊邪那美命(いざなみのみこと)の子供で、生誕の際に母を焼き殺した神として知られている。その名を姓に冠する鑑知は、新宗教『カグツチ会』の教祖の一族であるらしい。もっとも、鑑知からは家のことなど一度も聞いたことはないが――。
 そうそうそこらにいる名字ではない。いぶかる俺へ、迦具土眞言は嘲笑を向ける。
「関係あるとも。大ありだ。俺は迦具土家の宗家の当主だ」
「その当主様が、俺になんの用なんだよ」
「俺は警告しに来てやったのだ」
 尾けられていたのか。ヘドロのような不快感が湧き上がる。
「はぁん、俺があの子とよろしくやってたのを、あのラブホの前で待ってたのか。当主様ってのは、ずいぶんひまなんだな」
 嘲笑を返す俺に、迦具土眞言は首を振った。
「俺を誰だと思っている。そんな無粋で下賎なことをしなくても、お前などの居場所は手に取るようにわかる――多禄丸紅。俺がお前に言うことはひとつだ」
 迦具土眞言は片目をすがめた。
「迦具土鑑知に近づくな」
「鑑知に?」
「そうだ」
 白い歯が目に入る。俺へ敵意をむき出しにした男は、俺の都合など知らぬげだ。
「奴は迦具土家の分家でありながら当主の座を狙う不届き者だ。俺には奴を沈黙させる義務がある。どんな手を使ってでも、な」
 穏やかではない。
「鑑知を殺そうってのか」
「そうは言っていない」
 言葉とは裏腹に、迦具土眞言の笑顔に凄みが現れる。
「あんた、おかしいんじゃないのか」
「なんとでも言え。お前ごときの言葉で傷つく俺ではない」
「ごとき、ね――なら俺なんかのことなんか、放っときゃいいじゃないか」
「何を言う、お前は俺に感謝すべきだ。鑑知の巻き添えで命を落とすのを防いでやるのだからな」
「そいつはありがたいことで」
 俺は身構える。格闘の心得などはないが、モデル体型を維持するために、多少は鍛えている。この当主様が何をしてくるにせよ、初手を受け止めることくらいはできる――と思いたい。
 もっとも、服の上からでもわかるほど、迦具土眞言は身体を鍛えている。俺と上背はたいして変わらないが、薄着の季節はこの男の胸や腕のたくましさを教える。
「迦具土家の争いに関わるな。手を引け。でなければ、何が起こるかわからんぞ」
「鑑知は俺の友達だ。友達が困ってたら、手を差し伸べるべきだろう。あんたなんかに口を出される筋合いはない」
「減らず口を……痛い目に遭わなければわからんようだな」
 迦具土眞言の姿が消えた。驚いて目でその動きを追おうとしたが、その前に迦具土眞言は俺の正面に現れた。右手を突き出して、俺の喉を掴む。喉を強く握られ、息ができない。かは、と情けない声が上がる。
 十秒ほどの時間のはずだが、俺には何分にも感じられた。迦具土眞言が手を離す。俺はその場にうずくまり、咳き込んで必死に息を吸った。
「わかったか」
 迦具土眞言の声が、頭上から降ってくる。
「鑑知の巻き添えになるとは、こういうことだ。痛い思いはしたくないだろう。手を引け。俺は老婆心で言っている」
「ずいぶんと、ご親切な、ことで」
 目尻から涙がこぼれる。しかしそれに構っている場合ではない。俺はよたつきながらも立ち上がり、月光を反射する緋い瞳をにらみ返した。
「でもな、俺は暴力に屈して友情を捨てる男じゃないんだ。忠告を無駄にしてすまないな」
「はっ、軟派な男が言うものだな」
 迦具土眞言は瞳の光を強くした。
「警告はした。次に会う時は知らん。鑑知を守りたいと言うのなら好きにしろ」
 そう言うと、迦具土眞言は俺に背を向けた。
「また会おうぜ、迦具土眞言」
「多禄丸紅、吠え面をかくがいい」
 歩き去る姿を見つめようとしたが、赤い炎のような光が起こったと思ったら、迦具土眞言の姿は見えなくなった。新宗教の教祖様ともなれば、不思議な力が使えるらしい。
 鑑知は、少なくともそのような力を俺に見せることがなかった。
「――さて」
 俺は小器用でいい加減だと言われるが、正面を切って舐められては、さすがに腹が立つ。
 このことを鑑知に伝えるべきだろう。今の時点でどれほどの情報を知っているかはわからないが、鑑知自身の命にも関わることだ。
 とはいえ、この夜更けに連絡を取るのは迷惑だ。電話をかけるのは、日が昇ってからだ。
 そう決めて、俺は改めて家路に就くため歩を進めた。
 それにしても。
 鑑知もすっきりした美形だが、あの迦具土眞言も、端然としてどこか上品だった。
 容姿の美しさにはカリスマ性が宿る。あの見かけに騙される信者もいるのだろう。
 しかし、そんなことは俺と鑑知には関係ない。絶対に、あの男から鑑知を守ってみせる。
 そう決意する俺を、蒼白い月光は変わらず照らしていた。

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