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愛と哀しみのプッチンプリン。~『悪魔の食べあわせレシピ』

プッチンプリン、たまに食べるとおいしいですね。冷蔵庫でひんやり冷やしておいて、皿の上に逆さに乗せて、カップの底の爪を折ると、空気が入ることによって、皿の上にプリンが乗る。プリンの上には、キャラメルソースがかかっています。この所作が楽しい。そしてぷるるんとしたプッチンプリンをスプーンで壊しながら食べる。ちいさな幸せを実感します。


他方、フランス料理原理主義者はプッチンプリンに顔をしかめる。あれはプリンじゃないッ! プッチンプリンは練乳、牛乳、最近は豆乳も加え、そのほかバター、乾燥粉末卵、砂糖、コーンスターチを混ぜて加熱して、ゲル化剤で固めたもの。つまり、ゼリーだ。それに対して、ほんもののプリンは、牛乳と卵と砂糖を混ぜた溶液を加熱して、卵のタンパク質が加熱されることによって生まれる凝固性を利用して仕上げるもの。プッチンプリン、悩ましいですな~。


もちろんここでツッコミが入ることでしょう。あーたねぇ、プッチンプリンになにイキッてまんねん、悩ましいことなんもあらへんがな。みんなの幸せ壊したらあきまへんで。「Bigプッチンプリン160g」で1個170円でっせ。文句あるんやったら1個800円の千疋屋の銀座プリンでもおあがりになったらよろしがな。そもそもプリンは英国発祥でっせ。フランス料理ならクリームブリュレでっしゃろ。クリームブリュレて表面はバーナーでかちかちに焼き固めますやろ、せやねんけど中身はまったりとろり~ん、あの対比がチャーミングやね。しかも紅茶の風味をつけたりしますやろ、ますますお洒落でんがな。食べてるうちに歯の裏にキャラメルみたいなのがくっついたりするのもパリジェンヌちゅう感じやんね、あれがラ・ヴィ・アン・ローズちゅうもんでっせ。あれはあれでよろしねんけど、しかしせやからってあーた、プッチンプリンに難癖つけたらあきまへんがな。みんなに嫌われまっせ。


いやはや、とかく食いものの話は喧嘩になりがちなもの。みんな人それぞれ好きなものを好きなように食べればそれでいい。他人のことなど気にする必要ないのにね。しかし、なにかひとこと言いたくなる。その気持ちはぼくも(ひといちばい?)身に覚えがありますよ。


さて、ここで興味深いことは、もしもプッチンプリンを好きで好きで大好きで毎日食べ続けていると、必ずや、いわゆる本物のプリンを食べてもおいしく感じなくなること。なぜって、いつのまにかその人の舌はプッチンプリン舌になってしまってますからね。べつにそれがどうという話でもないけれど、ただし、いわゆるグルメにとっては、これはちょっと哀しいことではあって。



こういうことって他にもいっぱい例があって。たとえば、カレーソースに醤油とトンカツソースが入っているがゆえゴーゴーカレーを最高においしいと愛し抜いている醤油愛国主義者の某女史が、流行に誘われて、なんの因果か南インド料理のミールス(盛り合わせ定食)を召し上がったりなんかして。さて、彼女は一口食べて絶句し、二口食べて顔をしかめ、三口食べてカラコンつけた目を円弧運動させながら、うぐぐ・・・お、お、おいしい・・・とかなんとか心にもないせりふをうそぶくことになる。(なお、ここで彼女がけっして南インド料理をけなさないところが彼女の育ちの良さではあるのだけれど。いずれにせよ、)かわいそうに。ぼくは彼女を大いに同情しますけれど、しかし、これはもう仕方のないこと、ゴーゴーカレーに操を捧げたならばどうぞ一生ゴーゴーカレーと添い遂げてくださいな、と言うほかない。



さっきQora を読んでいたら、こんな投稿があった。最近の若者やコドモにとって、てんぷらは、揚げたてのパリっとしたコロモのものをそれほどおいしいと感じず、むしろ、スーパーマーケットの総菜をレンジでチンして「ふにゃっとした」コロモの方をおいしいと感じる傾向があるそうな。いかにもありそうなことではあって。人の味覚って依存性がありますからね。たまには てんや に食べに行って欲しいものだけれど。いまやてんぷらのおいしさの基準もてんやわんやということですね。


しかも時代の変化は止めようもない。(どこまで信用していいことなのか疑いは残るものの)、聞くところによると最近台湾では、カップラーメン(排骨鶏湯麺)に布丁(プッチンプリン的なもの)を一個落として混ぜて食べるのが流行中なのだとか。さらには「味噌ラーメン+プッチンプリン的なもの」や「豚骨ラーメン+プッチンプリン的なもの」、はたまた「塩ラーメン+プッチンプリン的なもの」まで登場しているそうな。わちゃー、世も末やんか。と、おもうものの、しかし実際に食べてみれば万が一そこそこいけるかもしれません???


なお、この話題はIT系の研究者兼実業家の鈴木隆一著『悪魔の食べ合わせレシピ』(講談社 2021年)で紹介されているそうな。なおそこで紹介されている奇想天外、奇々怪々、珍妙にして烏骨鶏なレシピの数々は、「多くの日本人に食べ物や飲み物を味わって点数評価してもらって、アンケート結果をAI(人工知能)に学習させ、”おいしさ”を可視化するべく誕生した、人工舌コンピュータ〈味覚センサーレオ〉が、甘味・酸味・苦味・旨味・塩味の5基本味を感知し、〈おいしさ〉を計測したデータをベースにして考案されたものであるらしい。なるほど、いまやおいしさの基準もまた「イイネ」の数が決め、しかもそれをchatGPTが定式化し、AIが事態を加速してゆく。とんでもない時代になったもの。おとーさん、スイスの牧童みたいなあどけない顔してプッチンプリンにシのゴの言ってる場合じゃありませんよ、とっくに時代はさらに先までどんどんどんどん進んじゃってますよ。




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