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えりすぐり三島由紀夫参考文献。

三島由紀夫作品は、15歳にほぼ集中している詩の数々もあれば、その後生涯にわたって書き続けた小説は膨大で純文学もあればエンタメも多く、しかも油断ならないことにエンタメで三島はけっこう本音を漏らしています。しかも戯曲がまた巧く、三島はむしろ小説よりも戯曲の方が才高いという意見はむかしからある。エッセイも評論も山のようにある。しかも、作品を読むだけでは三島がなぜその時期にその作品を書いたのかわからない。したがって、三島についての証言や批評も読まずにはいられない。しかしながら三島関係本もまたあまりにも厖大でいったいなにを読んだらいいのかまったくわからない。そこでここでは、ぼくがここ1か月間の入念な探査の結果探り当てた、三島解読に大事で重要な資料をえりすぐりでご紹介します。



■安藤武『三島由紀夫「日録」』未知谷1996年刊(三島の行動を日誌的に時系列で並べた労作です。横尾忠則によるカヴァー・イラストもかっこいい。)



■ジョン・ネイスン著 野口武彦訳『新版・三島由紀夫ーある評伝』新潮社 2000年刊 


著者はハーヴァード卒の日本語堪能な文学研究者で『午後の曳航』の英訳を通じて三島としたししく交流した人。本書は三島の脱神秘化を主題に、三島の人生をたんねんな関係者取材でなるべく客観的に追いかけたもの。とうぜんのことながら三島のゲイライフもあかしてあります。

なお、この本は1976年刊の旧版があって、旧版は瑤子さんによって三島の同性愛描写に販売差し止めが求められました。しかし、時を経て三島の同性愛描写にもいくらか規制緩和がなされ、新版は旧版の本文はそのままに著者による前書きと後書きを添えたもの。



■井上隆史『暴流ぼるの人 三島由紀夫』平凡社 2020年刊

三島の作品と人生を〈空虚〉と〈セバスチャンコンプレックス〉をキーワードに、ひじょうに丹念な取材をもとに考察がなされています。なお、ぼく自身は『仮面の告白』における三島の主張を基礎資料として使うことに疑問がありますが、しかしながらこの本はそれを別とすれば、掛け値なしに、第一級の必読文献になっています。著者は白百合女子大学文学部教授で、かつまた『決定版三島由紀夫全集第42巻』(新潮社刊)の年譜・書誌の共著者です。



■平岡梓『倅・三島由紀夫』『倅・三島由紀夫(没後)』文藝春秋(1972年刊/1974年刊)

突然知らされた自決、失意のなかでの葬儀の手配、そして三島裁判の渦中のなかで三島の父親が破れかぶれな文体で書いた生々しい本です。なお、奥様の倭文重しずえさんの言葉も多く掲載され、事実上の共著になっています。


■野口武彦『三島由紀夫の世界』講談社 1968年刊

三島の生前最後の時期に書かれた批評で、三島のロマンティシズムと右傾化の関係を考察しています。



■福島次郎『剣と寒紅』文藝春秋 1998年刊

いちおう小説の体裁を取っていますが、若き日に平岡家の書生だった著者が、三島との同性愛の経験を生々しく綴り、また三島没後、とりわけ倭文重さんの最期の日々への哀切が深い。ただし、三島の同性愛描写によって、三島の一族、著作権管理者によって発売禁止となりました。


■三好行雄編『別冊國文學 三島由紀夫必携 No19』學燈𡉹 1983年刊


雑誌『國文學』は日本文学研究業界が熱かった時代の、日本文学研究者必読の雑誌でした。三島作品の全貌がわかると同時に、国文学研究業界における三島研究の水準の高さがわかります。



なお、ぼくは未読ですが、以下の本もぜひ読みたい。


■岩下尚史著 『ヒタメンー三島由紀夫が女に逢う時』有斐閣 2011年刊 後に文春文庫


三島は結婚前にふたりの女性とつきあっていて、そのひとりは『仮面の告白』の後半2章に登場します。三島はこの女性に振られ絶望にのたうちまわります。さて、この本『ヒタメン』(仮面をつけていない素顔の意味ですね、能の用語らしい)は、『仮面の告白』発表後、1955年7月29歳の三島が歌舞伎座の楽屋で出会って、以降三年間にわたってほぼ毎日のように(!)つきあっていた、19歳の慶應女子校第一期生、料亭の娘であり着物に似合う美女、豊田貞子さんについて書かれた本である。『沈める瀧』、『女神』、『幸福号出帆』、『永すぎた春』、『美徳のよろめき』、『金閣寺』、『施餓鬼舟』、『橋づくし』、『女方』、『鹿鳴館』、これらの時期にどうやら三島のそばに豊田貞子さんがいたらしい。結局彼女は三島と別れてしまうのだけれど。なんて興味がそそられる本でしょう。読まずにはいられません。



ただし、三島解読者にとって悩ましいことはこの時期、他方で三島は1952年以降、58年まで歌舞伎役者で希代の女方・中村歌右衛門にぞっこんで、歌右衛門のために5本の歌舞伎作品を書いていること。『地獄変』、『鰯売恋曳網』、『熊野』、『芙蓉露大内実記』。このほか新派のために書いた『朝の躑躅』も歌右衛門のために特に書き下ろしたものだった。三島が性別を超えて美しい人を愛するバイだったと言えばそれまでだけれど、それでもどこか釈然としないものが残る。




■猪瀬直樹著『ペルソナー三島由紀夫伝』文藝春秋文庫 他 

平岡家父方3代を、官僚の落伍者の系譜として考察した本。


なお、あなたがお読みになっていて、しかもめちゃめちゃおもしろく、ぼくがまだ読んでなさそうな三島本があったら、どうぞぼくに教えてくださいな。



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