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おもいがけずぼくはナイジェリア男と再会し、Kanye Westの話題で盛り上がって。上のバーで軽く飲んで。スイス人のギャルちゃんふたりとおしゃべりし。ワシントンDCの合気道家に日本語のエッセンスを教えてさしあげた。

べつに自慢するつもりもないけれど、めずらしい夜だったので書き留めておくことにしました。その夜ぼくは高田馬場の早稲田松竹でSean Baker監督の”Tangerine”(2015)という映画を観た。ロスアンジェルスを舞台にしたドラッグクイーン(おかまちゃん)の純愛と嫉妬、友情を描いたリアルなコメディ映画だ。映画がはねたのが夜9時40分、高田馬場駅へ向かって歩いていたら、見覚えのあるナイジェリア人がバーの客引きをしていた。数か月まえ、ぼくらは路上で立ち話をしたものだ。そのときかれはぼくにナイジェリアのアフロビートアーティストたちを教えてくれたものだ。ぼくらは再会をよろこんだ。ぼくは言った、ナイジェリア人は音楽が好きだよね~、レゲエも大好きでしょ。するとかれは言った、レゲだけじゃないよ、Hip Hop も大好き。ぼくは訊ねた、誰が好き? かれは答えた、Jay Z、2Pack、Bruno Mars、そしてKanye・・・。


ぼくはよろこんだ、Kanye Westからは目が離せないよね。かれのキャリアはトラックメイカーからはじまって、レコード会社の雇われプロデューサーを経て、00年代初頭にラッパー、デビューでしょ。2010年くらいまでがサイコーだったね。その後、スニーカーのデザイナーとして注目されるようになって・・・。するとかれは目を輝かした、KanyeのWhite Lives matter 事件、知ってる? ぼくは答えた、知ってるよ、Kanye は賢いから見抜いてんだよね、ユダヤエリートたちがニューワールドオーダーをつくるべく、まずはアメリカ社会を分断させるために、Black Lives Matterを焚きつけた。はやいはなしがユダヤエリートたちはWASPのアメリカを徹底的にぶっ壊すために黒人たちを利用していることを。かれは言った、あのWhite Lives Matter TシャツでKanye はadidasを解雇されちゃって、超超大金持ちから超大金持ちになっちゃったんだよな。もっともadidas も大幅減収だけどな。どうすんだろ、これからKanye は。ぼくは言った、Kanye はめちゃめちゃ才能あんだけど、あまりも繊細すぎるからね、まるで週刊Kanyeみたいに話題が絶えない。さいきんなんてKanye はラップは悪魔の音楽だなんちゃって、日曜礼拝を主催するゴスペルシンガーになっちゃった。


かれは言った、今夜は上で飲んできなよ、うちはチャージもないし、ぼったくりもしない。音楽リクエストもできるよ。ぼくは言った、じゃ、ちょっとだけ。かれはKanyeをかけてくれた。カウンターの内側には、やけに英語が流暢なルーマニア女性がバーテンダーをやっています。やがて2人の白人ギャルちゃんとひとりの若い白人の男の子が現れた。彼女たちは言った、Where do you think we come from? ぼくはあてずっぽうで答えた、Northern Europe? 彼女たちは微笑んで答えた、スイスから来たの。ぼくは言った、へぇ、遠いところからようこそ。ぼくら日本人にとってはスイスってハイジの国なんだ。え? 知らないの? ハイジは元気な少女でね、友達の男の子は羊飼いのペーター。hermit(世捨て人)みたいなじいさんがいてね。すると彼女たちは叫んだ、Oh,Heidi! 知ってるわよ、あたしたちアニメ、大好きなんだもん。ぼくは学んだ、そっか、正しい発音はヘイディもしくはハイディなのね、たしかにハイジでは通じないわけである。ぼくは言った、きみたちまるで日本の女の子みたいだね。アキバ系スイスギャル? すると彼女たちは満面の笑顔で得意がった。


ぼくはウォッカコークを飲んでいたら、ふたりのアメリカ白人おじさんたちが現れた。かれらは合気道マスターで、二度目の日本観光。今回は京都その他を楽しみ、あしたアメリカへ戻るそうな。日本滞在最後の夜である。ふたりのうちのひとりは日本語もそこそこ話せる。かれはぼくのプアな英語を褒めてくれます。(かれは日本観光によって多くの日本人の英語力がプアであることを理解しておられるのでしょう。そしてまたかれは武道家として日本的礼節にも習熟しておられます。)かれは言語学者Pimsleur の言語教育メソッドを支持し、かつまた『テラスハウス』を見て、日本語の日常会話を覚えたそうな。かれは言った、「今回わたしは能を見ました。難しくてよくわかりませんでした。」ぼくは言った、「あ、能はいまの人はぼくを含めてほとんどみんなわからないよ。狂言はまだしも楽しめるけどね。歌舞伎だって難しい。江戸時代には歌舞伎はドラッグクイーンドラマさながらのマージナルエンターテイメントだったんだけど、いまじゃ立派な日本を代表するアートになっちゃった。ついでに言うとね、日本のアートやフィロソフィは、むしろショートポエムやフラワーアレンジメント、ティーセレモニーにあるとぼくはおもうよ。」なーんてことを言ってインテリっぽい話題で盛りあがった。かれは日本語の漢字は難しいとぼやく。ただしそんなかれはローマ字で書かれた日本語ならばほぼ完璧に理解できる。


ぼくは語った、ほんらい日本語にはサブジェクト(主語)は必要なかったの。風が吹く。雨が降る。腹減った。好きだよ。嫌い。主語なんて要らない。でもね、明治時代に日本語を近代化する必要を感じて、そこで日本語はヨーロッパの言語を参照して、日本語にも主語/述語の構造を取り入れ、かつまた過去、現在、意志による未来を表現できるようにしたの。つまり明治に日本語はモダナイズされたわけ。


かれはぼくの話に関心して、カクテルを一杯ごちそうしてくれた。ぼくは調子にのって、桃太郎を例にとって、日本語の「が」と「は」が英語の"a" と”the"に相当するという説(養老孟司説)を紹介した。むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさん住んでいました。おじいさん山へ芝刈りに、おばあさん川へ洗濯に・・・。最初の「が」ではまず一般的な存在としておじいさんとおばあさんが紹介される。つづいてふたりは個性を持ったふたりの人物として「は」を使って表現される。


するとかれは珍妙な表情でこう訊ねた、「では、この文章はどうですか? わたしは犬が好きです。」


ぼくは感心して答えた、「すばらしい! とっても良い質問! その文章はとっても自然な日本語。ただし、その文章をモダナイズされた日本語にすると、わたしは犬好きです、になるの。」


かれはこの話に大変感心してくれた。おっと時間はそろそろ11時半。別れ際ぼくはかれら合気道マスターに言った、「ぼくは日本人だけれど合気道はできない。他方、あなたたちはアメリカ人で合気道マスター。ぼくは今夜の出会いがとても楽しかった。」そしてぼくはスイス人のギャルちゃんたちとナイジェリア人にも愛想を振りまいて、お店を後にした。


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