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女たちは謎の言葉を残して去ってゆく。

大学時代ぼくは二年間ほど美術部に入って、油絵を描いていたものだ。安い絵の具しか買えなかったので発色が悪かったものの、絵を描くのは楽しかった。絵は描いているあいだ変化する。絵が変化すれば、ぼくもまた変化する。真夏にクーラーもない下宿でぼくはダンサーの絵を描いていた。他方、美術部で知り合った女の子はシルクスクリーンを使ってかっこいい作品を作っていた。ぼくらは仲良くなった。たくさんセックスをしたものだ。ぼくはピエール・ド・マンディアルグの『満潮』を彼女に渡して、いわゆる性の愉しみの未知なる領域に彼女を導きもしたものだ。気立てのいい女の子だった。彼女は紅茶が(とりわけダージリンが)好きだった。彼女はぼくの部屋を片付けてくれもすれば、料理を作ってくれもした。彼女は酢豚が上手だった。彼女の読書はもっぱらカミュで、カミュ以外には読もうとしなかった。しかし、いつのまにかぼくは彼女に飽きられた。最後の方は彼女は別の男とつきあっていて、かれは有線放送の選曲を担当していた。ロックにくわしいようだった。彼女はかれから「野球やんない男は出世しないよ」と吹き込まれたらしい。ぼくは野球に興味がなかった。なお、ぼくの好きなスポーツはボーリングと高尾山の登山だ。



もっとも、最後の方はぼくもまた別の女の子ともつきあっていた。彼女はぼくをツバキハウスへ連れ出してくれた。いまで言うポストパンク、当時の言葉でニューウェイヴ~オルタナティヴの全盛期だった。彼女はひじょうに性的に奔放で、ぼくをツバキハウスに連れ出しておいて、ダンスフロアで他の男とキスをしていた。ぼくは涙目でクーラーの前でモスコミュールを飲んだ。その後もぼくは彼女とつきあっていたし、さらには別れたり復縁したり、別れていてもなおたまにつきあったりもしながら、しかし結局別れてしまった。どんな理由だったかぼくは覚えていない。彼女は言った、「髪の長い女には気をつけなよ。」



性的に乱脈な人妻から誘惑され、しばらくつきあったこともあった。おおむねたのしいことばかりだったけれど、しかしながら、彼女はとある宗教の信者で、ぼくは宗教にはおおむね好意的ではあるけれど、しかししつこく勧誘されるのには閉口した。結局、ぼくは彼女と別れた。彼女はぼくに言った、「ハンドバッグのなかが乱雑な女は落としやすいわよ。」



女たちは謎の言葉を残して去ってゆく。




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