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拝啓2022年のきみへ

 家族がコロナになって、職場から出勤停止を告げられ、家を出なくなってから1週間が経ちました。

無為に時間を溶かしていると、ふと「自粛期間中はどういう風に過ごされましたか?」という質問に答えるきみのことを思い出します。どの取材でこの質問が飛び出たのかは覚えていませんが、言葉だけはしっかりと記憶に残っています。

「このまま仕事ができない日が続くのなら、役者を辞めてしまおうと思った」

このインタビューを読んだ当時のわたしは、地面がゆらぐほどの衝撃を受けました。

かねてよりきみは「需要がなくなったらいさぎよく降りる」と口にしていましたし、自分の武器が通用しないと分かればしりぞく雰囲気も醸し出していました。しかし、自粛のあいだにそこまで思いつめているなんて予想だにしていなかったのです。


「辞める決断をする前に自粛が解除になって、仕事ができるようになった」とインタビューでは語っていました。そういえば、自粛明けの仕事のひとつに、気ごころの知れた役者仲間と2人でやった朗読劇があったなと思い返します。無観客で行われたそれを、わたしは画面越しから観ていました。

舞台上の豪奢な椅子に、クラシックなスーツを着た2人が座ります。ぴかぴかに磨かれた革靴がオレンジ色の照明に照らされて、つややかな光を放っていました。

手に持った台本が開かれ、たった一度きりの朗読劇が始まります。お客さんがひとりも居ない劇場で、きみはいきいきと楽しそうにお芝居をしていました。探偵の役や刑事の役、館の女主人の役とさまざまな役柄を演じ分け、ミステリー小説の世界を作り上げます。

終演後の座談会では、助手役を演じた相手に「ちょっとすみません」と声を掛け、客席にむかって大声を挙げる奇行に走りました。突然のことに相手はもちろん、まわりに居るスタッフもおどろいているようです。

「この感覚が久しぶりだから試したくて」とはにかんで笑うきみは、自分の声がホールに響くようすを噛みしめていました。今思えば、よろこびに満ちたその表情に憂いが含まれていた気がします。


 きみのインタビューでの発言も、朗読劇での行動も、待機期間を経験した今、少しだけ理解できるようになりました。

誰とも会わず、友達と遊びにも行けず、買い物のために外出するだけの生活を送っていると、社会から隔絶されたように感じるのです。ましてや、2020年の緊急事態宣言の頃など、世の中はもっと不安と緊張に苛まれていました。

自由に外も出歩けない日々を送り、舞台も再開できるのかどうか分からない状況に置かれるのは、きっと無限回廊に居るような感覚だったと思うのです。きみが舞台に立ち続けることを選んでくれて、本当に感謝しています。


 コロナが騒がれるようになって3年が経とうとしています。まるっと元通りとまではいきませんが、舞台にも日常がもどってきました。でも、きみは以前より弱音を吐くようになりました。

「2022年はいい年ではなかった」ときみは言います。たしかに、今年は千秋楽まで辿り着けなかった舞台が数多くありましたし、きみが怪我をして上演ができなかった公演もありました。きっと見えないところでも傷つく出来事がたくさんあったのでしょう。

わたしには、きみの出る舞台を観に行ったり、ライブを観たり、その感想を手紙に書いて送ったりすることぐらいしかできません。それに、どれだけ「きみの演技がよかったよ! 感動したよ!」としたためても、気持ちが全部つたわるわけではありません。

それでも次の1年がいい年になるように、少しでも後押しができたらいいなと思うのです。


ここまで読んでくださってありがとうございます!もしあなたの心に刺さった文章があれば、コメントで教えてもらえるとうれしいです。喜びでわたしが飛び跳ねます。・*・:≡( ε:)