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怪優、梅津瑞樹の特異性

 演技が異質で上手いなあと感じる方がいます。今月の8日に30歳を迎えられた、俳優の梅津瑞樹さんです。普通の役の魅せ方も上手ですが、ぶっ飛んだ役が際立っているように思います。

とくにおじいさん役の理解とレパートリーが幅広く、180cmを超える長身の肉体を腰から曲げ、端正な顔を惜しげもなく歪めます。たぶん芝居とプライドを天秤にかけたら迷わず芝居に傾く方です。


 わたしが梅津さんを生で見たのは一度きり、しかも2階席の一番後ろの席からでした。

その舞台には登場する役者の数が多く、彼の役柄が一歩引いた立ち位置だったことも相まって、わたしの中で強く印象に残らず終わりました。


 「この人演技うま!」と感じたのは、それから2年ほど経った日のことです。舞台に立つ役者ばかりを集めて、一本のテレビドラマが作られました。売れないお笑い芸人たちが今にもつぶれそうな劇場に集い、売れっ子になるのを夢見て切磋琢磨する様子を描いたドラマです。

梅津さんは寡黙で謎に包まれたキャラクターを演じていました。わたしが以前見た舞台よりもずっと無口で、ひっそりと画面に映っていたのです。

最終回からひとつ前の話が放送されたときのことでした。それぞれの努力が実り、彼らのお笑いライブを見てくれるお客さんがつき始めます。そんな賑わいをみせた劇場で、次々と怪現象が起き出したのです。首をかしげる芸人たちとその場にいたお客さんの横で、梅津さんはなにやら不審な動きをしています。

こいつは何か知っているんじゃないか? といぶかしんだ他のメンバーが彼に質問を投げかけました。しかし「僕は何も知りませんよ!」と返すばかりで口を割ろうとはしません。

このままでは埒があかない、そう悟ったひとりが梅津さんに詰め寄ります。スーツ姿の梅津さんは天敵に狙われたフクロウのように、大きなからだを縮め込ませました。

彼のズボンの右ポケットは妙にふくらんでいて、そこに秘密があるのではと皆が睨みを利かせます。絶対に見られてはいけないものが入っているのでしょう。梅津さんは必死に隠そうとしますが、長くはもちませんでした。

言い合いのはずみでポケットの口から細長いものがこぼれ落ち、ごとりと鈍い音を立てて床に転がりました。まるでウルトラマンの変身装置みたいなそれは、押したらすごいことが起きそうな雰囲気をかもし出しています。

見たことのない機械に時が止まる一同と、焦りだす梅津さん。先に口火を切ったのは梅津さんのほうでした。

「ぁあああ〜~~! もう〜! 勘弁してくださいよ本当に〜~~!!!!!」

「僕が未来人なんて一言も言ってないですよ〜~!!!」

「これがタイムマシンなわけ、ないじゃないですか〜!!!!!」

これまで口数が少なかったキャラが、突然、頭をくしゃくしゃにかきむしり、感情をあらわにし始めました。

その勢いに任せ、濁流のごとく言葉を紡ぎます。

いわく、自分はずっと先の未来から来たこと、このままではこの劇場がつぶれてしまうこと、今この場に自分の母親になる予定の人がいて、劇場がなくなると自分が生まれない未来になってしまうこと、そうならないために自分が売れっ子の芸人になって、劇場を存続させようとしていることを、誰も尋ねてはいないのにベラベラと喋り出しました。

聞いていたみんなは開いた口がふさがらず、あっけにとられています。見ているわたしも、想像の遥か上を行く設定に「……次で最終回なんだよね?」と2倍に広げられた風呂敷の行く先を案じます。

最後の回はなんやかんやあって、きれいに丸く収まっていました。どう話が転んで幕引いたのかはさっぱり思い出せませんが、雑な終わらせ方をしなかったのは確かです。


 とにかく、芝居のスイッチがバチッと入ると人が変わった演技をする俳優さんが、この梅津瑞樹という方なのです。

スイッチが入った後のテンションも尋常ではなく、湯のみを乗せたお茶汲み人形が1.5倍のスピードで迫ってくるくらいの勢いがあります。あまりの勢いに、中のお茶は波立ってびちゃびちゃにこぼれています。

オフになった瞬間も見どころです。さっきまでの熱量はどこへやら、急にスン……と静かになって、目から光が失われます。この緩急の差が面白いのです。

紆余曲折を経て役者の道に進まれたらしいですが、私はなるべくしてなった方だと思っています。

役者を志す前は作家になる夢を持っていたそうです。確かに彼のつぶやきを見ると、純文学の文章を読んでいる気分になります。そして、わたしが想像するよりはるかに大きなコンプレックスが、頭の中に渦巻いているのだろうなと文章から感じるのです。

とぐろを巻いた劣等感があるからこそ、豹変するようなお芝居を生み出せるのかもしれません。そんな梅津さんが会場の空気を塗り替える技術を身につけたらどうなるのか、楽しみでたまらないのです。


ここまで読んでくださってありがとうございます!もしあなたの心に刺さった文章があれば、コメントで教えてもらえるとうれしいです。喜びでわたしが飛び跳ねます。・*・:≡( ε:)