僕と業者

僕と業者(真実色 2019.11.23)

※収録されている表現は、作品の年代・状況を考慮し、サービス提供当時のまま掲載している。

業者(1)
事業や商売を営んでいる人のこと。ただし「RMT業者」など特定の文脈においては蔑称となる。
これは僕と業者の物語だ。

RMT
リアルマネートレードの略称。オンラインゲームにおけるゲーム内通貨をリアルマネーで売り買いすること。広義には金銭によるレベル上げ代行、アカウント譲渡などを含む。2005年前後に中国のRMT業者が社会問題としてニュースで取り上げられてから、その存在が世間に知られるようになる。
一般的にゲームの利用規約により禁じられている。違反者にはアカウント停止など厳しい処罰が下される。

中華
中国からアクセスしているプレイヤー、あるいはRMT業者のこと。2003年から2005年にかけて中国経由のRMT業者がオンラインゲーム界隈で猛威を振るっていた。
当時の僕が遊んでいたオンラインゲーム・ファイナルファンタジーXIにも業者の勢力は及んでいた。

業者(2)
僕が初めて認識した業者は「転売」と呼ばれるスタイルを取っていた。
当時の僕は辺境エリアにしか売られていないマイナー系アイテムを買い漁り、プレイヤーの中心街で高く売る貿易商人として活動していた。
異変に気が付いたのは、取り扱っていたアイテムがぱたりと落札されなくなったことからだった。

オークション(1)
ファイナルファンタジーXIに登場する売買システム。出品者はアイテムに落札希望額を設定し、その金額以上で入札が行われれば取引成立となる。入札額を下回るアイテムが複数あれば、そのうち最も落札希望額の低いアイテムが落札される。
以下、ギルはゲーム内通貨の単位を指す。
例えば、
・落札希望額:1000ギル
・落札希望額:999ギル
という2点の出品がある状態では、1000ギルの入札に対して後者が取引成立となる。
落札履歴を確認すると同じ名前で末尾が一文字ずつ違うキャラクター達が、僕の取り扱っていたアイテムを大量出品していた。ものの見事に僕の落札希望額よりちょっとだけ低い金額で取引が成立している。

オークション(2)
これは心理戦である。落札希望額をあまりに下げ過ぎては利益が出ない。かと言って、そもそも売れなければ意味が無い。
落札履歴は平均8000ギル。であれば出品は7900、いや7800ギル。入札者がキリの良い数字を入れてくることを考えれば末尾だけあげて7801ギルが良い。彼らがいくらで出品しているのか確認したいから100ギルずつずらして出品する。
僕の仕掛けたダンピング合戦に彼らは乗ってきた。そして入札者も人間であり、可能な限り安く落札しようとする。三つ巴の闘いのすえに僕がちょっとずつ吊り上げた価格は、手間のわりにほとんど利益が出ない額まで落ち込んでしまった。それから彼らの出品は止まった。オークションの履歴を探し回ると、彼らは別のアイテムに目を付けたようだった。

業者(3)
始めはただの貿易ライバルかと思っていた。しかし彼らのクローン(同じ名前で末尾の一文字だけが違うキャラクター)がRMT販売の呼び込みをしている場面を見つけ、これが巷で噂になっている業者だったかと確信に至った。
しばらくの間、オークション履歴やキャラクターのいるエリア情報から彼らの動向を観察していた。単に好奇心からだった。どうやら彼らはより利潤の大きいアイテムを狙っているらしい。

オルデール鍾乳洞
ファイナルファンタジーXIに登場するダンジョン。最奥には高額アイテムをドロップするモンスターが出現する。当時はその一角だけプレイヤーが密集し、モンスターは狩り尽くされ、一見平和な空間であるにもかかわらず異様な緊張感に包まれていた。

Stroper Chyme
スライム型のモンスター。当時は16分間隔でダンジョンの最奥に出現していた。高額アイテムをドロップするが確率は低い(およそ1~2%)。このモンスターを巡って悲喜交々のドラマが生まれる。

無題

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アーチャーリング
当時の高額アイテム。RMT業者はこのアイテムを独占し、ゲーム内オークションで高額販売を続けていた。このアイテムに価値があるというよりは、このアイテムを中間素材として作る、当時唯一無二の性能を持った上位アイテムに価値があった。各国のプレイヤーがこのアイテムを狙っていたものの、日本のプレイヤーにはわずかに有利な要素があった。

NA/JP
北アメリカリージョンと日本リージョンのこと。初期サーバーは日本リージョンに存在している。サーバークライアント間の物理的な距離の都合によりJPユーザーの方がNAユーザーよりも2~3秒ほど早くモンスターが表示されていた。そのため、モンスターの奪い合いには有利であった。

参考:my experience with the Stroper Chyme
http://www.eosun.org/forum/showthread.php?t=2287
当時のNAユーザーが体験したタイムラグについての投稿。

/ma stun <t>
魔法を詠唱するコマンド。最速で詠唱できる魔法「スタン/stun」を使い、モンスターを占有する。当時のプレイヤーはこのコマンドをゲーム内マクロに仕込み、PS2コントローラーのR2/L2ボタンと〇ボタンを連打していた(初期のファイナルファンタジーXIはPS2でサービス提供されていた)。一部のブルジョアは連射パッドを購入し、人並外れた連打で並みいるライバルたちを蹴散らしていた。

/ja provoke <t>
アビリティを発動するコマンド。最速で発動できるアビリティ「挑発/provoke」を使い、モンスターを占有する。以下同上。

業者(4)
しかし業者は強かった。リージョン問題やマクロ連打、一般プレイヤーのあらゆる工夫をものともせず、違法ツールを用いたパケット解析によりモンスターが表示される前にターゲットを独占した。
ツール最盛期にはキャラクターの座標をずらし、縦横無尽にエリアを移動、あるいは地面にめり込みながら表示前のモンスターを掻っさらい、そのモンスターは占有どころか既に倒された状態で出現するというありさまだった。これこそファンタジーだと言われた。

業者(5)
数週間から数カ月張り込みを続けた。学校から帰りダンジョン内にログインすると、そこには別の友人たちが待ち受けていた。いつも見かけるJPプレイヤー、何を言っているか分からないNAプレイヤー、そして24時間獲物を狩り続ける業者アカウント。一緒に冒険しているわけでも交流を目的としているわけでもなく、ただ殺伐とモンスターを取り合っているだけの仲であったがそこには謎の連帯感が生まれていた。
そのうちモンスターを倒したあと「残念、外れだった」と軽口を言い合うようにもなった。高額アイテムがドロップしたときには、誰が手に入れたかに関わらずまるで身内ごとのように健闘を称えた(それほどドロップが渋かった)。
業者アカウントたちは最後まで無口でボットのように振舞っていたが、そのように過ごしていると何人かいるうちのひとりは手を振ったり反応を返してくれるようになった。最終的には直接チャットをする機会が得られた。

業者(6)
彼は中国の大学生で、生活のためにRMTを続けている。下手に働くよりも稼げる仕事だと言っていた(はずだ、当時の中国語翻訳によく使われていたエキサイト翻訳では正確なピンイン/中国語のニュアンスは読み取れなかった)。組織的機械的に見えていたとしても、やはり業者もひとりの人間であり、当然そこにはそれぞれの人生があった。
それ以後、何度か彼を見かけることもあったが、やりとりはそれきりだった。やがて僕はダンジョンにも行かなくなった。

バージョンアップ(2005年7月19日)
RMT対策の一環で、一部のドロップアイテムがオークションに出品できない非売品に置き換えられた。自然な流れでオルデール鍾乳洞は過疎化したと聞いた。

バージョンアップ(2006年4月)
大量の業者アカウントが停止処分を受ける。一部アイテムは流通のほとんどが業者経由であったため、その後、長期にわたりゲーム内経済が停滞した。

参考:属性杖 #属性杖を取り巻く環境の変遷
http://wiki.ffo.jp/html/805.html
取り締まり強化後2006年~2008年の間、ゲーム内経済はデフレ進行が続いていた。

参考:累積凍結アカウント、通貨額
http://www.playonline.com/ff11/rule/specialtask.html
2009年~2019年現在まで累計30万強のアカウント、3700億ギル(通貨)が凍結されている。

業者(7)
サービス提供側としてRMTやアイテム独占への対応を大々的に推進するのは当然だ。しかしアカウント停止処分の一報が流れるたびに、ふと彼のことを思い出す。
彼はまだゲームを続けているだろうか? あるいはアカウント停止処分にされてしまっただろうか? 大学を出て、いまは普通に稼げる仕事へ就いたかもしれない。それから時が経ち、そうした出来事も頭から薄れた。大学受験を控えた僕は次第にファイナルファンタジーXIから離れていった。
業者(8)
どうやら業者にも育成係がいるらしい。それに気付いたのは2018年になってからのことだった。

ウェルカムバックキャンペーン
スクエアエニックス社の施策。かつてのファイナルファンタジーXIプレイヤーであれば、期間内は無料でログインが出来るというもの。何となく懐かしさに惹かれ、僕は再びヴァナ・ディールに降り立った。2018年も暮のころだった。

ヴァナ・ディール
ファイナルファンタジーXIの世界のこと。かつては同時接続数1万に迫ることもあったが、2018年11月時点ではピークタイムでも1000人に届かない程度まで人口は落ち込んでいた(過疎サーバー、人気サーバーによって振れ幅はあるだろう)。
そこにたむろうプレイヤーはもはや全てをやりつくし、生き残った仲間と時折更新されるエンドコンテンツだけを楽しみにしている。
かつてのフレンドは誰一人ログインしていない。昔は賑わっていたエリアでさえプレイヤーがいない。24時間に一度しか出現しないレアモンスターも置き去りにされている。
昔はとにかく時間のかかったレベル上げやエリア移動もずいぶん楽になっており、しかしその快適さと引き換えに風景が色褪せて見えるような気もした。

鞄拡張クエスト
ワープポイントの大量設置により移動の不便さが解消されたいま、プレイヤーにとって最大の闘いは鞄空きスペースのやりくりとなっていた。容赦なく増える装備品に対して限界まで拡張しようとすると毎月追加の課金が必要になる。
ある程度まではクエストをこなすことで拡張できるため、そこで使われるアイテムの需要は高かった。

オークション(3)
とはいえ、もはや新規プレイヤーはほとんど見かけない。鞄拡張クエストなどの影響で、出せば売れるとされていた必需品ですら流通は止まっていた。

彫金ギルド
様変わりした世界を冷やかしがてら散策していると見知らぬプレイヤーから声を掛けられる。彼は彫金ギルドの前で誰彼構わず声を掛けているようだ。「【ペリドット】【ターコイズ】x20【売ってくれませんか?】」。これは鞄拡張クエストで要求されるアイテムであるが、1キャラクターあたりそれぞれひとつあれば十分だ。キャラクターの大量育成。そこはかとない業者の匂いを嗅ぎ取る。

ギルドショップ
ある程度スキルがあればギルドショップから素材を購入できるようだ。しかし彼の行っている合成レシピを見る限り道は長そうだった。
合成
プレイヤーは数日、長ければ数週間数カ月をかけて合成スキルを上げることになる。
僕はかつて稼いだ金にモノを言わせ、彼の隣でスキルを上げ始める。自動で合成するマクロを組み、素材が無くなればオークションに走り、相場より高めの値段でも買い占める。ギルドに戻ると彼は同じように合成を続けている。僕も彼と並んで合成を続ける。お互いやりとりはなく、特別にことばを交わすこともなく、ただその場で黙々と合成し続けているだけだ。
おそらく彼よりハードに遊んだ結果、あっという間に目標スキルに到達した。「hey, I got it. do you still want 【ペリドット】【ターコイズ】?」

業者(9)
彼は街ですれ違うたびに手を振ってくる。
スクエアエニックス社はサービス開始20周年となる2022年までサービス提供を続けると宣言。それに従い再び業者アカウントが増えているという。
無料期間が終わったらログインするつもりはない。彼とはそれきりになるだろう。

盲人の像
6人の盲人がゾウに触れることで、それが何だと思うか問われる。足を触った盲人は「柱のようです」と答えた。尾を触った盲人は「綱のようです」と答えた。鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と答えた。耳を触った盲人は「扇のようです」と答えた。腹を触った盲人は「壁のようです」と答えた。牙を触った盲人は「パイプのようです」と答えた。それを聞いた王は答えた。「あなた方は皆、正しい。あなた方の話が食い違っているのは、あなた方がゾウの異なる部分を触っているからです。ゾウはあなた方の言う特徴を、全て備えているのです」と。

業者(10)
業者は悪か?組織的利用規約違反者か?心無いロボットか?提供サービスを阻害しているか?

ファイナル・業者・ファンタジー(11)
業者とは悪で、ボットで、違反者で、アカバン対象で、サービス体験を損なわせる者であるかも知れないが、少なくとも僕の過ごしたヴァナ・ディールにおいてはひとりの人格を持ったプレイヤーとして、あるいは共に同じ時代を経験してきた隣人として乗り合わせていた。

業者にもRMTにも、世の中のあらゆることにも複数の切り口がある。
そしてそれらは皆正しいはずだ。

=完=


参考:

中華
http://wiki.ffo.jp/html/1912.html
RMT中華撲滅運動
http://wiki.ffo.jp/html/4826.html

業者
http://wiki.ffo.jp/html/755.html
RMT
http://wiki.ffo.jp/html/754.html
競売所
http://wiki.ffo.jp/html/654.html
転売
http://wiki.ffo.jp/html/5134.html

オルデール鍾乳洞
http://wiki.ffo.jp/html/2054.html
アーチャーリング
http://wiki.ffo.jp/html/1754.html

≪2005.07.19 バージョンアップ≫
http://www.playonline.com/pcd/update/ff11/20050714ukUuR2/detail.html

【FFXI】 荒れる世界。 (11/6 sat.)
https://naojim.exblog.jp/881968/
2004年当時の様子を投稿している。


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