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夢うつつな女

天狗の手の上にひらひらと雪が落ちたので、
ああ、まだ冬なんだなと思った。
陽の光が暖かかったので、窓辺でぬいぐるみをひなたぼっこさせたことを後悔した。
今ごろ、湧いたように舞う粉雪を見て、震えているに違いない。
今日のわたしは、アイラインを目からずいぶんとはみ出して描いたせいで、気が強い。
使い始めてもう3ヶ月ほど経つアイライナーはインクが枯れてきて、疲れ果てたカラスのようだった。
 

いつもと同じ時間に家を出て、同じ機のエレベーターに乗り、座り慣れた席へ向かう。
変わらない情景の中で、とつぜんあの人が言ったことばを思い出した。
「生きている人間がいちばん怖い」
喜怒哀楽がきっかり25%ずつの人はいないだろうし、
多分その円グラフだってほんとに360度なの?
デスクの引き出しを開けて、シャチハタを取り出す。
掴んで見た印面は、名前が逆立ちをしている。
 

始業開始のベルは鳴りやんでもなお、耳にしつこく残っていて、
眉間にしわを寄せながらマウスを握る。
未開封のメールは、色つきで表示してくれるからわかりやすいけれど、
その分体力を削られるようで時々目を伏せたくなる。
今日は4件、4㎝すり減ったね。
 

掃き出し窓の前にいすを持ってきて、そこでごはんを食べることにした。
お昼に並んで買ったお弁当には春菊が入っていて、
噛むとお腹いっぱい食べた夜ご飯のことがよみがえる。
鍋パ。
ほやほやの湯気が天井に向かって伸びて、壁紙よごれないかなあと本気で心配した。
そういや、長いこと白い吐息を見ていない。
窓の外、わたしの視界の隅で、電話をしている人がいる。
かばんについている不釣り合いな人形の寒そうなこと。
天狗の手の上にひらひらと雪が落ちた。

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