見出し画像

久遠は一夜の妹になりたい

「一夜、今まで黙っておったのじゃが……」

 久遠のいつになく神妙な顔つきに一夜は筆を置き、背筋を正した。

 突然訪問されてまたどうでもいい面倒事を持ち込まれたのだと警戒していたが、この様子だと相当深刻な内容に違いあるまい。

「実は……ワシは……」

 ごくりと生唾を飲み込む。

「一夜の妹だったんじゃ!!!!!」

……
…………
……………………

「……は?」

 一夜は久遠の世迷言に頭を抱えた。
 ――ああ、今回もどうでもいい面倒事だった。

「あ! 何を呆けた顔をしておるのじゃ! ほれ、生き別れの妹と感動の再会を果たしたんじゃぞ。もっと喜ばんか!」
「いや……どう考えても無理があるだろ。全然似ていないじゃないか。そもそも……」
「何を言う! 耳もある! 尻尾もある! オレンジのマフラーに着ている服も同じ! どこをとっても血のつながりしか感じられないじゃろう?」
「仮に血縁者であっても妹だけは絶対にない。俺が生まれた時からあんたは里にいたじゃないか。まだ母親か祖母だと言われた方が信じられる。全く……時間を無駄に使わせるな」

 これで話は終わりだと一夜は再び筆を手に取った。そして書道に専念するために集中モードへと移行した。

「まあまあまあ聞けい。根拠はあるぞ」
「…………」
「耳だけで良いからよーく聞くんじゃぞ」

 久遠は断りなく語り始めた。

「一夜は時間の存在を信じておるか? まあ信じておるじゃろう。先ほど時間を無駄にしたくないと言っていたからな。しかしな、時間という概念は存在しない。過去も未来もないんじゃ。あるのは”今この瞬間”だけ。だから早く生まれていようともワシが一夜の妹である可能性は十分にあるんじゃ。今、この瞬間、世界がワシを”一夜の妹”だと定義したらワシは一夜の妹になるのじゃ!!! 世界とはなんだ? 世界はワシが誕生した瞬間から存在するもの! つまりワシは産声を上げた時から一夜の妹である!!!」

「酔っ払いは帰って寝ろ」

 一夜の冷たい一言に久遠は肩を落とした。

「むむう……こうなったら甲賀に行く! ネムならワシを受け入れてくれるはずじゃ!」
「は? おい! 姉さんに迷惑かけるなよ!」

 久遠は凄まじい速さで駆け抜けていってしまった。


 後日、久遠の話を聞いたネムは「何それウケる」と笑い、あっさりと「じゃあ今日から久遠は妹ね」と受け入れた。
 そして一夜に「妹をよろしくね♪」と書かれた手紙が送られ、久遠が妹として振る舞うようになったのはまた別のお話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?