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舵を切る

上甲板に出ると刺すように冷たい風にセーラー襟が靡く。
広がる景色を見下ろしすべてが既知と疑わず高揚した日が遠く霞む。その場に身を委ねると生温くさえ感じたが、肌をかする風は知るより鋭く、時間が経てば見えない血を滲ます。


何がためにそこに立つのかと聞かれたら、綻び繕いながら歴史を背負う船の全貌を見るがためよと。命を削り外に映し中から見える事はあるまい何かを透かす。さも価値あることぞと嘲る。


視線はいつしかその重厚感に飲み込まれ、浮かんでいる事すら不思議と揺らいでいる。爪先の前の深い漆黒の海に引き込まれまいと、顎をつきだし額を天に向けて目を閉じたまま口角を吊り上げてきた。


両手を解放し天に向け微かに震える指先に光。何度も何度も見た風景が今ここに。右腕が僅かに緩み傾くが、取舵だろうが面舵だろうがかまわない。


生命のそれなりがそれなりに放つ力強さ美しさったら、もうね。何がためとかじゃあないんだよね。私たちに恵みをありがとう。

空には雲、風がふき、雨を降らしたかと思えば光さす。一瞬の淀みもなくそのままに。

今一度目を開き映すものを見てみよう。
内なる景色を旅するように。

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