見出し画像

雨音の下で 【786文字】#逆噴射小説大賞2023 応募作品

「こんな、はずじゃなかった。」
よくドラマで聞く台詞を
雨の中、自分が言う日がくるなんて
思ってもいなかった。


横になった男の体温が
下がっていく姿を
ただ立ち尽くして見ていた。
さっきまで熱かった自分の右手の熱は
急速に冷えていった。

雨足が強くなり、アスファルトに
跳ね返った水滴も加わり
私のスニーカーもグッショリと
濡れていく。
男の流した赤色の絵の具は雨水と共に
排水溝へと流れていく。
私に飛び散った同系色の色は
滲んで薄くなっていった。

右手に持った小型ナイフは
綺麗に洗われたように
自分と男の色は取れて
無色透明な液体がナイフの先から
垂れていた。


コレを使った事は過去にもあった。
ただ、その時は脅しとして使っただけ。
本来の使用方法で
使ったのは今回が初めてだった。


今回も、何かあった時に護身用で
持っていた。
自分に売れるものは自分自身しか
なかった。


路上で声をかけてきた男と
交渉し、路地裏で作業をする。
そうやって生活してきた。
そうする事しか学んで来なかった。

こんな雨の日は通行人も少ない。
商売をするのには向かないが
目的があるやつを見つけるなら
天候が悪い方が都合が良かった。

風の音、雨の音が響いて
行為の音をかき消してくれる。
グチョグチョと艶めかしい音も
雨音に耳をすましていれば
ただ時間が過ぎるのを待つだけで良かった。

無駄な会話もいらない。
今夜の男の目的もすぐにわかった。

熱を帯びた視線を向けられ
指を数本立てた男。
私は首を縦に振った。

お決まりの場所。
トタン屋根に雨が当たる音が響く。
口内をお互いの舌で探り合う。
熱い男の手が私の身体を弄る。

私のブラウスは雨に濡れ
肌に張り付いていた。
それは、色の濃いランジェリーを
より卑猥にみせていた。

男は私の首元に吸い付き、
自分のベルトへ手をかける。
私の手は濡れたブラウスの
ボタンを1つ1つ焦らすように
外していく。

強く首元を吸われた時
いつもは感じない違和感があった。

【続く】




#逆噴射小説大賞2023
#小説

サポートありがとうございます。 治療、子育て、罰金返済等に使用させていただきます。