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はじめまして
「残念ながら、お二人のお子さんを持つことは大変厳しいでしょう……」
医師の言葉に、私は全身麻痺したように気が遠くなる思いがしました。
はじめまして、すずめと申します。
noteを始めたのでまずは自己紹介として、私のこれまでのことやこれからのことについて書いていこうと思います。
自己紹介
本、映画、食べること、旅行が好きな関東圏在住の30代前半。
コロナ禍で自由に旅行に行けなくなってしまってからは、語学に興味を持つようになり、英語の勉強を少しずつするようになりました(NHKのラジオ英会話や海外ドラマも好き)。
「人生なるようになる」をモットーに、夫とふたりでマイペースに暮らしています。
Twitter→ @suzume_pocket
新婚生活、突然の衝撃
学生時代~独身の頃の私は、本当にありふれた人生を送っていたと思います。自分の身の丈に合った学校に進学し、就職し、数年付き合った気の合う彼氏と20代後半に結婚。このまま自分の両親のように、あるいは周囲の大多数の夫婦のように、妊娠・出産し、子育てに明け暮れる日々が始まるのだと信じて疑いませんでした。
しかし、半年経っても一向に子供を授かる気配のなかった私たち夫婦は、念のためにと検査にいったクリニックで、思いがけない事実を知らされるのでした。
夫の『非閉塞性無精子症』です。
非閉塞性無精子症とは、何らかの原因により精子を作る能力が低下し、無精子症になってしまっている状態のことです。顕微鏡を使用した手術(顕微鏡下精巣精子採取術)を行って精子を採取することになりますが、精子が見つかる可能性は、わずか30~40%なのだそうです。
それまで私は、20代で子供をあきらめなければいけない可能性については考えたこともありませんでした。夫がいて子供がいて、あたたかい家庭を持つことが夢だった私。それを手にできない人生になるかもしれないと考えることは恐ろしく、身の置き所のない苦しさがありました。
あっけない終わり、そしてはじまり
そんな強い不安に苛まれる日々を過ごし、いよいよ手術当日。
手術室へと消えていった夫を待つ間は、長く、生きた心地がせず、ただ必死に祈ることしかできませんでした。
しかし、そんな願いも虚しく、手術は「精子も細胞も確認できず」という結果に終わったのです。
「残念ながら、お二人のお子さんを持つことは大変厳しいでしょう……」
医師の言葉に、私は全身麻痺したように気が遠くなる思いがしました。
唯一の希望が完全に打ち砕かれた瞬間でした。
人生であんなに泣いた日はなかったです。夫とふたり、コンビニで買った冷やし中華を泣きながら食べたことを覚えています(辛く悲しくてもお腹はすく…笑)
今思い返しても、痛い思いをして二人のために手術を受けてくれた夫には感謝しかありません。
こうして私たちの思い描いていた未来はあっさりと終了し、放り出されたような私たちは、目的地のわからない人生を歩き出すことになったのです。
特別養子縁組にむかって
「切り替えて次の道を探さなきゃ」と思っていた私ですが、どうやっても実子を持つ未来は叶わない、という現実が日ごとに重くのしかかるようになり、やり場のない悲しみが強いストレスとなって、ついに身体を壊してしまったのです。少し無理をすると発熱してしまい、家事をする気力も起きないことがしょっちゅうありました。
同じ境遇から特別養子縁組で子供を迎えられた方のブログや番組を見て「こういう道も良いかもしれないね」と夫婦で話し合うことも度々ありました。
しかし、まだ割り切れない思い、そして心身ボロボロな今の状態ではとても特別養子縁組に進む覚悟も自信もない……と本格的に進むことはありませんでした。
そんな私たちに転機が訪れたのは、手術から2年後のことでした。
その頃には、私の体調も回復し、悲しみは完全に癒えることはないにしても、自分なりの心の向き合い方を覚えるようになってきました。
そして「やっぱり子育てをしてみたい!特別養子縁組で我が家と縁のある子に出会えるかもしれない」と強く思うようになったのです。
夫とも話し、二人とも気持ちは同じでした。
それからいろいろ調べ、良いなと思える民間団体さんを見つけました。
面談を経て、これから研修に進みます。
もしかしたら研修をしてみて「やっぱりやめよう」となることがあるかもしれません。それでも飛び込まないことには何もわからないし、何も変わりません。
いろいろあるとは思いますが、真っ暗で可能性が見えなかった不妊治療時代と比べ、未来に希望が見えることが嬉しいです!
これから書いていきたいこと
とりあえず、漠然と、今後書いていきたいなと思っているのは
①特別養子縁組への記録
特別養子縁組については、まだ勉強しなければいけないことも多く、これからどうなるかもわかりません。でも一度絶望して、そこからまた這い上がった私たち夫婦が見つけた新たな道の記録として、書き留めていきたいと思っています。
②無精子症夫婦の辛さに寄り添う
夫の無精子症が発覚してからは「もう自分は一生幸せになれないかもしれない」というドン底まで落ち込み、夫婦の子どもは一生持てないという現実に打ちのめされる日々でした。また、無精子症というのは不妊の中でもかなり少数派(+手だてがほぼない)なため、当事者は強い孤独を感じてしまうことが多いです。そんなとき私は、同じ境遇の方のブログや番組、また実際にお会いしてお話することで、励まされ、たくさん力を貰いました。そして私も文章を通して同じ悩みを抱える人に寄り添えるようになりたいと思いました。一つの例として、私の経験が同じ境遇の誰かのお役に立てたら嬉しいです。
③生めなかった、生まなかった人生について考える
どうして子供を生めなかったというだけで肩身の狭い思いをしなければならないんだろう……実子を諦めることになってしまった私は度々このような憤りに近い思いが何度も湧くことがありました。実際に周囲から子なしハラスメントを受けたこともありますし、子供が生めなかった自分に対して劣等感も抱いていました。そんな思いが軟化したのは、子なし女性の先輩たちに会ったことがきっかけです。欲しかったけど不妊治療の末授からなかった、選択子なしで生まなかった、子なしの理由はそれぞれですが、彼女たちはみんなハツラツとして、やりたいことに邁進していて、人の痛みがわかる優しさを持った人ばかりでした。そんな彼女たちを見ていると「生めなかったことは悲しいけれど、それと私がこれから幸せになることは別なのだ」と理解するようになっていきました。
そんないろいろな人生に触れながら、生めなかった・生まなかった人生、多様な幸せのカタチについて、考えていきたいと思います。
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