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切手はどこへゆく【第十二話】

一つ前の授業と打って変わって、わたしの目は冴えていた。

先生がおしゃべりで、それに便乗してなのか、教室にいる生徒たちも、どことなくにぎやかだったからかもしれない。それと、すぐ隣で広がっている違和感のおかげで、すっかり睡魔は追いやられてしまったようだ。

先生の楽しそうな笑い声に隠すようにして、一つため息をついた。

「じゃあ、次回の授業では、各グループで調べた内容まとめて、プレゼン準備するように。よろしくね~」
チャイムが鳴る少し前に、先生はそういって授業を締めた。

教室は、グループごとに位置を変えた机を戻す音で支配されていた。わたしは、机を正面に向き直すように位置を直した。

「いや~、今日稲村さんと近く座って良かった~。」
「……なんで?」

「だって、この授業知らない人ばっかなんだもん。ちょっとでも、知ってる人がいる方がいいじゃん。」
「え、俺は知らない人扱いなの。去年、同じクラスだろ。」

「三上はさ~、男子じゃん。女子の知ってる人ってこと」
「なんだよ、それ。」
後ろから聞こえた声に、藤崎さんは、楽しそうに話していた。藤崎さんは古谷の方に目線をやって、笑顔を作って話しかけた。

「古谷くんもよろしくね。」
「……よろしく。」

三人でまた談笑をし始めたので、わたしは、机の上に散らばっていた教材を片づけ始めた。多分、グループ組むとわかって、あの二人が近くに座るように誘導したんだろう。

先週の授業のときに、グループ作る、というような話を、先生がしていた気がしたのをぼんやりと思い出した。藤崎さんはきっと、古谷と一緒のグループになるように考えて、わたしに話かけてきたんだろう。

中学時代から、いやもしかしたら、もっと前からかもしれないが、いつもそうやって、わたしの周りには一人でいられない女子がやってくる。なんで「女子」という生き物は、そうやって他人を利用していくんだろうか。

わたしは、談笑する三人を横目に、こっそりと教室を出た。
今日の部活も、いつも通り終わっていった。

学年ごちゃまぜで組んだ、試合形式の練習では、レイアップシュートが華麗に決まった。
こういう、もやもやしたことが起きた日に、いつもより集中力が増すのはなぜなんだろうか。

なんだかちょっと悔しいような、でも、だいぶすっきりした気持ちになった。わたしは、一年生がモップをかけているのを横目に、ストレッチをし始めた。

今までモップをかけながら考えていたことは、ストレッチと共にすることで解消した。ストレッチが終わったころに、部長に声をかけられて、体育館を後にした。

駐輪場に着くと、古谷が自転車の鍵を開けていた。隣には、携帯電話に目線を落とした三上がいた。特に声をかけることもなく、わたしは自分の自転車の鍵を開けた。

「お。稲村お疲れ。」
鍵を開ける時にする独特の、がちゃんという音に反応したかのように、三上に声をかけられた。

「おつかれ~。」
軽く挨拶をすると、三上がこちらに向かって、話しかけてきた。

「あれ、大平、一緒じゃないの?」
「部長、なんか先生に呼び出しされてたから。置いてきた。」

「うわ、辛辣~。置き去りかよ。」
「先に帰っていいよ、って部長が言ってたから。」
自転車を引き出して、声のする方向を見ると、古谷があきれたような顔で、自転車のハンドルを持ったまま、三上とわたしを見ていた。

古谷にそんな顔をされる筋合いはないが、どうせ早く帰りたいだけなんだろうから、気にしなかった。なんとなくの流れで、古谷と三上と一緒に校門まで歩いた。

「そういや、稲村って、藤崎と仲いいの?」
「いや、……今日、ほぼ初めてしゃべった。」

「やっぱり、合わなさそうだもんな~。水と油って感じ。」
「それ、意味あってる?」
「なんだよ、古谷。俺のこと馬鹿にすんなよ。辞書引け、辞書を。」
三上は、古谷にわざとらしく、怒ったような口調で話していた。

藤崎、という名前を聞いて、また部活前の自分に戻ってしまった。利用されている、という感覚が、わたしの心を、ちくりと刺してくる。

「三上、藤崎さんとクラス一緒だったとき、どんな感じだった?」
「……あ~、まあ、今日みたいな感じだよ。きゃっきゃするのが楽しい~!みたいな奴。」

「ふ~ん。女子っぽい女子か。」
「あ、それそれ。」
三上の言葉で、妙に納得してしまった自分がいた。深くうなずくわたしの隣で、古谷は頭の上に、疑問符を浮かべているようだった。

「……二人とも、何言ってるんだか全然わかんねえ。」
「だよな、古谷は女心がわかんないやつだもんな。」

「女心ってか、人の心……全般かな。」
「確かに~、稲村、的確だわ。」

「なんだよ、二人とも俺のこといじってんのかよ。」
「うん。」
「そうだな。」
古谷は納得していなさそうな、むっとした顔をしていた。

それを見て三上とわたしは笑っていた。そうだ、思えば古谷の鈍感さは、中学時代に波乱を巻き起こしていたことがあった。それにわたしも、漏れなく巻き込まれていたことを思い出した。

「古谷、多分藤崎さんのことも、わかってないよね。」
「あ~、絶対そうだわ。わかるわけがない。こいつが。」
両隣から冷ややかな目線を送られて、古谷はより一層むっとしていた。

「……っていうか、藤崎さんって誰?俺しゃべったことある?」
むっとした表情のまま言う古谷に、わたしと三上は思わず顔を見合わせた。

「……まじ?」
「人の心っていうか、脳みそに問題あるな、こいつ。やべえぞ。」

古谷の鈍感さが、波乱を巻き起こすことは、どうやら高校でも変わらないらしい。
わたしは、はあ、と露骨にため息をついた。


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