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交響曲第5番 ハ短調 作品67

 男は疲れ果てていた。
 何もかもが上手くいかない。妻も、仕事も、友人も。
やれるだけのことはやったはずだ。何十年も自分を殺して、ただ必死に、がむしゃらにやってきた。すべてが裏目に出るのだ。
 目の前には一人では到底開けない程大きな扉がある。追い詰められた彼に出来ることはひとつしかなかった。
 男はただ扉を叩いた。何度も、何度も。ただ叩き続けた。
 扉は快く開かれた。女神の導きが待っていた。柔らかい手は生活に荒れ果てた手を取り、光に満ちた明日へ彼は踏み出した。


 それから男は苦悩するたびに何度も扉を叩いた。
思慮深くない彼にとっては、あるいは思考を放棄した彼にとっては、それが唯一の救いであり、方法であった。彼は妻と、仕事と、友人と、向き合うことをやめた代わりに、扉と向き合うようになっていた。
 扉はいつでも快く開かれた。
 いつしか扉は内側から叩かれ、開くようになっていた。
 男は怪しむことなく足を踏み込んだ。そこには女神が腕を広げ、ただ彼を待っている。

 男は他でもない、女神に惚れ込まれていた。
 女神は自ら扉を開き、哀れな彼がふらふらと入ってくるのを待ちわびていた。ただの女になって。
 ああ、彼の不幸なこと。
 運命の女神に魅入られた男に逃れる術はない。


 彼は今日も扉を叩き続ける。
 女神の胸に抱きとられ、出してくれと声を限りに叫び続ける。

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