菊池寛は読まないと思うけど、志ん朝は聞き直そうかな、と:読書録「中野のお父さんの快刀乱麻」
・中野のお父さんの快刀乱麻
著者:北村薫
出版:文藝春秋
「中野のお父さん」シリーズ第3作。
高校の国語教師の「お父さん」と、文芸雑誌の編集者の娘が、近代日本文学史に埋もれた「謎」を解いていく短編シリーズです。
「円紫」シリーズも最近は文学ネタを取り上げていますが、あちらの方が、そこから「人間の業」みたいなところに踏み込んでいくのに比べると、こちらの方はもっと「小ネタ」w。
大岡昇平の「武蔵野夫人」は、元々「武蔵野」と言う題名が予定されてたんだけど、それがなぜ「武蔵野夫人」になったのか?
菊池寛の「石本検校」の棋譜はどうやって生まれたのか?そのレベルは?
etc、etc
まあ、「どうでもいい」っちゃあ、どうでもいいですわな、こんなことw。(菊池寛の「石本検校」なんて、小説自体がレアもんっぽいです)
実際、このシリーズは全部読んでるんですが、過去作で取り上げられた「ネタ」の方はほとんど覚えてなかったりします。
キャラとかは覚えてるんですけどね〜。(単に記憶力が衰えてるから…と言う可能性も少なくはありません)
最近はラノベ系で「書籍」ネタって一定のジャンル化してる感じもあるんですが(ビブリア古書堂とか)、なかなか「ネタ」勝負は続かなくて、設定絡みでの他のドラマを絡ませるケースが多い。
北村さんとしてはそこまではしたくなかった…ってことでしょうかね。
読んでると、実に楽しそうに「ネタ掘り」してる雰囲気もありますから。
(とか言ってますが、最後の志ん朝の「三軒茶屋」の話は、コロナの時代に重ねて、ちょいとシンミリしました)
今後、こういう文学史ネタを楽しむ人って、どれくらい残るのかなぁ。
…などと余計な心配をしながら読んでましたが、先日、我が家の夕食の席で高2の息子が漱石の「坊ちゃん」「吾輩は猫である」「こころ」あたりの話題も持ち出してきて、ちょっと食卓が盛り上がったことがありました。
もちろんキッカケは「教科書」なんですが、そっからこう言う風に興味を持つ人も出てくるのかもしれませんな。
(残念ながら、その後息子が「日本文学にはまる」などと言うことは起きず、相変わらずのゲーム三昧ですがw)
ま、未来のことは未来の人に任せて、僕は僕で、今の目の前の作品を楽しめばいいか。
今回は「落語ネタ」も多くて、そっちの方でも楽しませてもらいました。
続編、楽しみにしています。
しかし日本近代文学史的には「菊池寛」って、ほんま「巨人」なんですねぇ。
全然、読んだことないんやけどw。
(「じゃあ、読んでみるか」って気分にならないところに歳を感じます)
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