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拝啓、はけの道より。


久々に小説を読んだ。

不倫小説の極致。昼ドラ顔負けドロドロ夫婦劇! 叫びたくなる、衝撃のラスト。

貞淑で、古風で、武蔵野の精のようなやさしい魂を持った人妻道子と、ビルマから復員してきた従弟の勉との間に芽生えた悲劇的な愛。
――欅や樫の樹の多い静かなたたずまいの武蔵野を舞台に、姦通・虚栄・欲望などをめぐる錯綜した心理模様を描く。スタンダールやラディゲなどに学んだフランス心理小説の手法を、日本の文学風土のなかで試みた、著者の初期代表作のひとつである。
新潮社サイトより

ラストで叫びたくなるかどうかはあなた次第だと思うが、とにかく後ろ暗さだけを紡いで展開していくストーリーは読み進めるほどに暗い予感だけを澱のように積もらせてゆく。そして案の定迎える悲劇的結末。読み終わりにはすっかり胸塞がれていた。いやはや。

本にしても映画にしても、基本的に明らかな悲劇には手をつけないのだけど今回はまんまと読まされてしまった。。

東京都小金井市。そこは武蔵小金井駅のある高台から南側を流れる野川に向かって急激に落ち込んでゆく地形を抱えていて、その落差のある一帯は「はけ」と呼ばれている。
そのはけを舞台に繰り広げられる愛憎劇が大岡昇平作「武蔵野夫人」なのだ。

はけの道を歩いた日、わたしはまだ武蔵野夫人なる物語を知らなかった。
道沿いにある美術の森という場所に足を踏み入れたのだが、そこにあった立看板を読んで初めてその場所および一帯が小説「武蔵野夫人」のモデルとなった場所であることを知った。


うねうねと続く細い通りと急な坂道に囲まれた敷地には竹藪が鬱蒼と生い茂り昼間でも薄暗い。その中でひっそりと、しかしこんこんと湧き上がり続ける清らかな水。その水辺には落ち椿。
ストーリーを知らない者であっても武蔵野夫人感をゾワゾワ感じさせられてしまう。

武蔵野夫人を思わせる椿



武蔵野夫人感満載の竹藪


武蔵野夫人感漂う坂



武蔵野夫人が向こうから現れそうなカーブ



武蔵野夫人が佇んでいそうな湧水


武蔵野夫人がどんな話なのかを確かめずにはいられなくなって帰りの喫茶店でポチッと注文した。モデルとなった場所を歩いてきた今、決して痛快な物語ではないと確信してはいたが果たして読んでみると想像通りの世界観だった。

フランス心理小説の手法を日本文学の中で試みた作品と言うことだが、登場人物の心理描写のくどさもさることながら地形の描写の精緻さは地形好きには堪らない。読了後は彼らの辿った道のりをあらためて確かめに行きたくなってしまう。もちろん、恋ヶ窪まで。



予め悲劇と承知していながら、「武蔵野夫人」というタイトルが放つ後ろ暗さとエロさにまんまと引き込まれてしまった。

だって人間だもの。

Aria x ディスタゴン28mm


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