書記が読む傷寒論#1 本記事の流れ,基礎知識

今回から,約2000年前の中国医学の古書である「傷寒論」を扱うことにする。


傷寒論とは


張仲景により編纂された医学書で,今でいう急性の伝染病に対する処方について書かれている。漢方医学における三大古典の一つであり,現在でも傷寒論に収載された処方が数多く活用されている。


本記事の進行について

内容

一般用漢方製剤について,原典を示した上で効能や適用を比較してみる。

桂枝湯を例として,進行方法を示す。

桂枝湯

題名の太字は,医療用漢方製剤であることを示す。

まず,関連する原文を示す。ポイントとなる単語は太字で示す。

12 太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者熱自發,陰弱者汗自出,嗇嗇惡寒,淅淅惡風,翕翕發熱,鼻鳴乾嘔者,桂枝湯主之。
13 太陽病,頭痛 發熱汗出 惡風者,桂枝湯主之。桂枝湯方:桂枝三兩,去皮,味辛熱;芍藥三兩,味苦酸,微寒;甘草二兩,炙,味甘平;生薑三兩,切,味辛溫;大棗十二枚,擘,味甘溫。


次に,一般用漢方製剤製造販売承認基準の内容を示す。

成分・分量

  • 桂皮 3-4

  • 芍薬 3-4

  • 大棗 3-4

  • 生姜 1-1.5(ヒネショウガを使用する場合 3-4)

  • 甘草 2

効能・効果

体力虚弱で、汗が出るものの次の症状: かぜの初期


最後に簡単な解説を加える。

解説

桂枝湯の適応について。桂枝湯は傷寒論における基本となる処方である。 麻黄湯や葛根湯との鑑別として,既に汗が出ている状態であるところが重要である。


参考文献

傷寒論本文については以下を参考にした。


解説については,主に以下を参考にした。



現代での適用については,厚生労働省医薬・生活衛生局「一般用漢方製剤製造販売承認基準(平成 29 年4月 1 日)」を参考にした。

医療用漢方製剤については,日本漢方生薬製剤協会医療用漢方製剤 2016 -148 処方の添付文書情報(2016.12.12)」を参考にした。


基礎知識

漢方の理論

陰陽五行論

自然界は「」と「」のバランスにより成り立つとされる。片方が欠けるということはなく,両者が共存することを原則とする。

臨床症状においては,「陰陽」「表裏」「寒熱」「虚実」の考え方が重要である。

  • 陰陽:基本状態→陽証か陰証か

  • 表裏:病位→表証(体の表面,空気に接する)か裏証(体の内部,消化管などの内臓)か

  • 寒熱:寒熱感→寒証(悪寒など冷えを訴える)か熱証(炎症など熱さを訴える)か ※体温とは直接関係ない

  • 虚実:抵抗力→虚証(慢性疾患,体力が衰えている)か実証(急性疾患,体力が余っている)か


傷寒論においては,病期のステージを以下の6つに分けている。

陽病期

  • 太陽病:悪寒,発熱,頭痛

  • 陽明病:便秘,腹満感,口渇

  • 少陽病:胸脇苦満,悪心,嘔吐

陰病期

  • 大陰病:腹痛,下痢

  • 少陰病:全身倦怠,手足の冷え

  • 厥陰病:全身の冷え,危篤


五行は,自然界における変化を「」「」「」「」「」の5つの働きによって説明した理論である。それぞれの属性間には相生関係相剋関係が存在している。


気血水

生体においても陰陽の機能が存在しており,気血がその役割をもつ。漢方医学では血を更に血と水に分けて,生体はからなるとしている。それぞれの役割は病態から考えるとわかりやすいと思う。

:エネルギー

  • 不足する(気虚)→元気が出ない,食欲不振

  • 巡りが悪くなる(気滞)→頭が重い,喉のつかえ

  • 急に頭を割るように昇る(気逆)→動悸,頭痛

:血液

  • 不足する(血虚)→貧血,肌荒れ

  • 巡りが悪くなる(瘀血)→月経異常,疼痛

:水分

  • バランスが崩れる(水毒)→浮腫,めまい


漢方の診断

漢方医学における治療は「随証治療」とよばれる。

  1. 診察:四診(望診,聞診,問診,切診)を行う

  2. 診断:患者の状態()を見極める

  3. 処方:証に合う処方を選ぶ


漢方の歴史

起源は前漢の時代に遡る。このとき,中国医学の三代古典といわれる「黄帝内経」「神農本草経」「傷寒雑病論」が成立したとされる。

  • 黄帝内経:基礎医学が書かれた「素問」と臨床医学が書かれた「霊枢」がある。(女性は7の倍数,男性は8の倍数のソース)

  • 神農本草経:生薬の薬効について書かれている。365種類の薬物を,人体への作用の強さから上・中・下の3つに分類している。

  • 傷寒雑病論:張仲景が著者とされており,薬物療法について書かれている。急性疾患を扱った「傷寒論」と慢性疾患を扱った「金匱要略」がある。


その後中国では,金元医学の発展,李時珍「本草綱目」,温病学など理論の発展をみせて今に至る。


日本において,984年丹波康頼「医心方」が現存する最古の医学書であり,朝鮮経由でもたらされた中国医学の引用から成り立っている。

室町時代,曲直瀬道三がはじめとなって金元医学を普及させた(後に後世方派と称される)。

江戸時代には,吉益東洞などにより漢方医学に新たな潮流が起こった。古方派と称される彼らは,傷寒論を評価して,そこから漢方の臨床的な活路を見出そうとした。

明治時代になり,政府により西洋化が推し進められるなか,漢方医学は廃絶の危機に陥った。このときの和田啓十郎や湯本求心,長井長義などの功績により,今再び漢方の活路が開けることとなった。


次回から傷寒論本文の解説に移る。


本記事のもくじはこちら:


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