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光線が雲を貫いて彼の脳に穴を

先日来ご紹介のマッカーシーの本と「恐るべき緑」(ベンハミン・ラバトゥッツ)のことでまとめて書いておきたいと思います。

私は最先端の物理学とか数学にはトンと縁がないので、人文学的にとらえるしかできません。その為この「ステラ・マリス」と「通り過ぎゆく者」を読み始めて、そういった箇所で閉じてしまうのではないかと不安に思いました。
でもご案内のように、その前に「恐るべき緑」を読んでいたので、でてくる名前が「読んだことある」という感覚になり、なんとなく受け止めやすく感じました。まさに絶好のサブテキストでした。

「恐るべき緑」であげられた物理学者、数学者は

アルベルト・アインシュタイン(ユダヤ人)
カール・シュバルツシルト「シュバルツシルトの特異点・半径」(ユダヤ系ドイツ人)
望月新一「abc予想」
アレクサンドル・グロタンディーグ「トポス」(ユダヤ系フランス人)
レオン・モチャーン「高等科学研究所設立者(パトロン)」
エルヴィン・シュレーディンガー「シュレーディンガー方程式・猫」
ヴェルナー・カール・ハイゼンベルク「行列力学」
ルイ・ド・プロイ「ド・ブロイの方程式」
ニールス・ボーア「量子力学」(ユダヤ人)

らで(一部)、このうち「ステラ・マリス」の主人公であるアリシア(アリス)と特に関りをもってくるのが「グロタンディーグ」です。

「ステラ・マリス」にも少し彼についての説明はあるのですが、「恐るべき緑」で彼の天才ぶり、奇人変人ぶりについて書いてあったので、「ステラ・マリス」の方で、あまりそのことを詳しく書かれていなくても、アリシアと波長が合う、同じ世界の住人であることが、ものすごく理解できましたし、アリシアの精神世界も想像しやすくなりました。

「ステラ・マリス」で数学の天才児だったアリシアは、飛び級でシカゴ大学、アリゾナ大学からフランスのIHES(Institut des hautes études scientifiques) =フランス高等科学研究所に、数年留学していたという設定になっています。でもIHESには試験を受けて入ったのではなく、アリシアがグロテンディークに論文を送り、それが評価されて奨学金をもらえたから行ったのだとありました。

またIHESのこと、グロタンディーグとのことを問われたアリシアは

「長い時間話をしたの。彼は研究所に毎週火曜に来た。彼の家でも長い時間を過ごした。家族といっしょに食事をして。それから会話は夜更けまで続いた。ある意味わたしたちは同じ精神病院に入院していただけだった。IHESは彼ともう一人別の数学者ディュドネのためにモチャーンというロシア人富豪が設立したのねーモチャーンというのは本名かどうか知らないけど
相当イカレた人物だった。モデルにしたのはIAS。プリンストン高等研究所よ。オッペンハイマーが助言者だった。わたしはそこに一年いたけど当時は研究所の資金が尽きかけていた。結局わたしは奨学金を全部は貰えなかった。女の研究員はわたし一人だった。」

そして「ステラ・マリス」には出ないけれど、「恐るべき緑」に出てきた「ヴェルナー・カール・ハイゼンベルク」こそが、アリシアの頭の中と共鳴するように思いました。天才的数学者がいまだかつてない発見をするときはこうなのだと、モデルのように受け止めたのです。

バルト海の孤島「ヘルゴラント島」の安宿に引きこもったハイゼンベルクは混乱と狂気の中で、「量子力学」初の定型化を見出したのですが、「恐るべき緑」のその箇所

「振り向くと、彼は抑えがたい奇妙な感覚に襲われた。遊歩道沿いに並ぶ店が、巨大な炎の嵐で焼け焦げた廃墟のように見えた。周囲の人々はハイゼンベルクにしか見えない炎で皮膚を焼かれていた。子どもたちは髪の毛を燃やしながら駆け回り、恋人たちは火葬場の丸太のように燃え上がり、彼らの体から空に向かって伸びる炎の舌のように腕を絡めて笑い合った。ハイゼンベルクが脚の震えを抑えようと歩を速めたそのとき、耳をつんざくような大きな衝撃音が聞こえ、光線が雲を貫いて彼の脳に穴を開けた。」

これってまさにアリシアが<キッド>らと精神世界で関わる姿です。
アリシアは、決して異常ではない天才科学者としてマッカーシーが描いているのだと、サブテキストとしての「恐るべき緑」によって思うのです。


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