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ぬいペニ現象を体験した僕が、恋愛をあきらめた理由


だが、彼女はできなかった

自分で言うのも何だが、僕は年上の女性から可愛がられる傾向があったように思う。
社会人になってからも同様で、上司や先輩の女性に食事を奢ってもらったり、お菓子をもらったり、お米をもらったり、お肉をもらったりすることが度々あった。男性の上司や先輩にも奢ってもらったが、食べ物をくれるのはほとんど女性だった。(単に僕が今にも餓死しそうな顔をしていたのかもしれないが)
食事に連れていただくと出てくる定番の質問、「彼女はいないの?」に対して、「いやーもう何年もいないんですよ。彼女欲しいんですけどねー」と答えると、決まって「まあ大丈夫。鈴木君ならすぐできるよ」などと言われた。
お世辞を真に受けるほど世間知らずではないつもりだが、実際、学生時代には彼女がいたこともあるし、女性から「すぐできるよ」と言われれば、ある種のお墨付きをもらったような気持ちになる。まあ、そんなものかな、と軽く思っていた。

だが、彼女はできなかった。

同年代の女性と二人で食事や飲みに行ったり、遊びや映画に行ったりすることはあっても、恋愛関係にはならなかった。好意を伝えると、「気持ち悪い」と返された。

何度か「気持ち悪い」と言われて、ようやく自分に理由があるあるらしいと気がついた。
だが、振り返っても理由がよく分からない。身だしなみか?立ち振る舞いか?しつこかった?話題がよくなかった?
そんなとき、『ぬいペニ現象』という言葉を知り、一気に繋がったような気がした。
そうか、僕はぬいぐるみだったのか、と。

ぬいペニ現象とは

ぬいペニ現象(ぬいぐるみペニスショック)とは、女性が恋愛対象外の男性から好意を伝えられたときに感じる嫌悪感を表したネットスラングである。

確かにぬいぐるみからペニスが生えている様子はグロテスクで、嫌悪感をイメージしやすい。ペニスという直接的な表現による強い印象も含めて、秀逸な言葉だと思う。
Twitterが初出と思われ、2017年11月15日のTweetがバズっていく過程で徐々に『ぬいペニ』という言葉が出来たと言われている……らしい。

僕がこの言葉を知ったのは、ぬいペニ現象を説明した漫画だった。

出典不明。ご存じの方はお教えいただけると幸いです。

今やネットミーム化したこの漫画だが、出典はよく分からない。
2021年9月8日にTwitterで引用する形で出てきたのが、確認できた中で最初のものである。

同日、複数のまとめサイトでも引用されているが、こちらも出典は不明。
※調べた範囲を記録するために記載するが、引用先では性的な表現などがあるため、苦手な方の閲覧はおすすめしない。

2021年9月7日以前では確認できなかったが、軽くググった程度なので、見落としがあればご容赦いただきたい。

類似のミームとして、「あなたのは優しさじゃなくて弱さでしょう」が挙げられる。

こちらは強い拒絶が伝わる画像となっており、多くの共感と反発を呼んでいる。
多くの人にとって思い当たる節があることを可視化し、賛否双方の感情を揺さぶる、とても優れたイラストである。

さて、このぬいペニという言葉だが、たしかに理解はしやすいが、正直に言って男である僕にとって共感は難しい。
だが、こうして名前があるくらい、ある程度の割合の女性にとっては共感を呼ぶ言葉なのだろう。

無害で気持ち悪いぬいぐるみ

ぬいペニ現象のポイントは、①無害な男性 ②生理的嫌悪感 の2点がある。

①の無害な男性という点だが、どのような人を指すのだろうか。
上の8コマの漫画では、『何度デートをしても食事をするだけ』『ぴゅあ』と表現された男性が、『手を繋ぐ際に同意を求め』て性欲を見せたことで、『触れるだけでも気持ち悪い』と感じられるように描かれている。性欲から切り離された男性を『無害』と呼んでいるわけだ。
つまり、ぬいぐるみのような男性とは、性欲が無い(=女性から見たときに性欲があるように見えない)男性のことを指す。性的な危害を加えないから無害という理屈だ。

そう考えると、僕のこれまでの体験も一挙に説明がつく。
年上の女性、つまり既婚女性から見れば、僕は性欲の無い無害な人間だから、食事へ行っても変な勘違いをされずにすむ。
だが、同年代の未婚女性から見ると、無害だと思っていた僕が性欲を見せることで、ぬいペニ現象が起こってしまう、という仮説が成り立つ。

では、なぜ僕は性欲がある人間と思われないのだろうか。最初から性欲があると思われていれば、無害という評価は発生しないはずだ。
これについて、まったくの憶測になるが、女性の中である種の投影が起こっているのではないだろうか?

投影とは、自分の持つ考えや行動などを、他人の持つ性質にしてしまう心のはたらきを言う。

仮に、僕に性的な魅力が無いとする。性格なのか、外見なのか、所属や社会的地位なのかは分からないが、女性から見た時に恋愛対象外になってしまうほど魅力を損ねる属性を持っているとする。
そうすると、女性の中で「自分が性的魅力を感じない相手は、相手も同じように自分に対して性欲を感じていないだろう」と投影が起こるのではないか?自分が嫌いな人間は、相手も自分を嫌っていると感じるようになるのと、同じ理屈だ。
思えば、僕は複数の女性から「感情なさそう」「性欲あるのw?」と冗談めかして言われたことがある。僕の言動には、女性にそう感じさせるような態度があるのかもしれない。
また、何度か「優しそう」と言われたこともあるが、これも無害と同義だろう。

次に、②の生理的嫌悪感について。
性欲を見せた無害な男性に対して、生理的嫌悪感をおぼえる。僕も「気持ち悪い」と言われたが、嫌悪感という表現は興味深い。
ゴキブリをイメージすればわかりやすいだろうが、嫌悪感とは害になるものを強く遠ざけるような心の働きである。
単に「へぇ、思ってたよりけっこう性欲あるんだ」「イメージと違って驚いた」「普段とのギャップにショックを受けた」という程度のものではない。ぬいぐるみにペニスが生えているような、グロテスクで、非常に強い生理的な嫌悪感なのである。性的魅力のない男性を、積極的に回避する感覚がぬいペニ現象だ。

当たり前だが、これは「日頃から下ネタを言い、セクハラをしまくればいいのだ」という話ではない。『無害な男性』が性欲の無いと思われる男性を指すのなら、『有害な男性』とは逆に、性的に積極的な男性が想定される。
先の「あなたのは優しさじゃなくて弱さでしょう」を描いた漫画家は、リプで恋愛対象か否かが重要であると言う。

ぬいペニ現象は、『男性が性欲を見せること』で起こるのではなく、『性的魅力の無い男性が性欲を見せること』で起こる。無害な男性が性欲を見せても、それは女性にとって純粋な恐怖と嫌悪の対象になるだけだろう。

正論では救われない

性的魅力を下げる要因が何か、正直よく分からない。
一般的には、清潔感のある身だしなみを意識し、笑顔で堂々と振る舞い、ひとりよがりにならないよう相手の興味を中心にした会話をして、優しく振る舞って信頼を得ていく……などと言われる。そういった日頃の行動の積み重ねによって魅力を上げていくのだ、と。
まあ、正論だろう。正論ではあるが、実行するのはコストが高い。
自分が100%完璧な振る舞いをしていたとは、まったく思わない。僕はコミュ力のあるほうではないし、性格的に世間とズレている部分がある自覚はしている。まして服や髪など、まったく興味が無い。
だが、理由もわからずに「気持ち悪い」と否定されるのは、精神的に辛い。それが一度ならず二度三度と続いていけば、次第に試行そのものが嫌になってしまう。

「モテないなら趣味を充実させればいい」と言う人がいるが、そうだろうか?
性欲は、食欲と睡眠欲と並ぶ、生存に関わる三大欲求に数えられている。寝食を忘れて趣味に没頭すれば、死んでしまう。性欲が満たされないことは、ゆるやかに死んでいくようなものだ。

「友人関係が充実すれば、人間的魅力が磨かれ、自然と彼女もできる」という意見もある。
だが、10年20年経っても付き合いが続いている学生時代の友人など、何人いるだろう?社会人になってから、(仕事関係から切り離された)新しい友人など、どれだけ作れるのか?
いや、そもそも、友人関係が充実したところで、好意を伝えた相手に「気持ち悪い」と否定されて平気になるわけではない。

「ごちゃごちゃ言ってるけど、結局セックスがしたいだけでしょ?風俗に行けばいいじゃん」と思う方もいるだろう。
僕は行為としてのセックスがしたいわけではない。コミュニケーションとしてのセックスがしたかったのだ。
性的な快感が目的なら、一人ですればいい。風俗は最初から選択肢に無かったし、これからも行くことはないだろう。

「運がなかったと思って、次に行こう、次。クヨクヨしないで、さぁ、切り替えて!アタックあるのみ!成功するまで誘い続けるんだ!」
なるほど、一理ある。彼女ができるまで行動し続ければ、いずれは付き合える相手が現れるかもしれない。
でも、考えてみてほしい。「気持ち悪い」という言葉は、とても強いパワーも持っている。たった一言で、全人格が否定されてしまうような言葉だ。
改善の余地など微塵も無い。なぜなら気持ち悪いとは、生理的に無理だからだ。羽根を持たない人間は、生理的に空を飛べない。えらの無い人間は、生理的に水中で呼吸できない。性欲を見せたぬいぐるみは、生理的に恋愛対象外。
空を飛べない人は、落ちて死ぬ。呼吸できない人は、おぼれて死ぬ。気持ち悪いと否定されれば、心が死ぬ。そんなことを、いつまで続ければいいのか?

いや、何も自分が辛いだけではない。「気持ち悪い」ということは同時に、当然だが相手の女性を気持ち悪がらせているわけだ。
僕に彼女ができるまで複数人にアプローチをすれば、僕(と、僕と付き合う女性)の幸福のために、何人もの女性が不快になる。僕のようなぬいぐるみが彼女を求めると、場の幸福の総量が減っていくのだ。
ぬいぐるみは公益を損ねる。非モテは社会の敵。チー牛死すべし。「気持ち悪い」とは、そういう意味だ。

僕はただ、彼女がほしいと思っただけだった。恋愛がしたかった。誰かを愛して、その誰かに愛されたかった。手をつないで街を歩きたかった。キスをして、気持ちが通じた気になりたかった。「中学生かよ」と思うだろう?僕もそう思う。でも安心してほしい。もうそんな気持ちは折れてしまった。人並みを目指すのに疲れてしまった。ぬいぐるみが人間になろうと思ったのが間違いだったのだ。
僕が女性を求めることで問題が起きるのなら、最初から女性を求めなければ何の問題も起こらない。女性が僕を求めないのなら、僕も女性を求めなければいい。そんな簡単なことに気が付かなかったせいで、干支が一周するくらい苦しんできた。なんてバカだったのだろう。今まで気持ち悪がらせてしまった女性たちには、本当に、本当に申し訳ないことをした。

さようなら恋愛

と、ここまで述べてきたのは、何の根拠もない憶測に過ぎない。だが、同時に強力なストーリーだ。
例えば、陰謀論にハマった人は「真実に目覚めた」という強烈な体験のために、正論を聞き入れなくなってしまう。
それと同じ現象が、いま、僕の中で起きている。
辛い現実に悩んでいるときに、それを説明するようなある種の整合性の取れたストーリーが現れると、人は逃れられなくなってしまう。ぬいペニ現象という言葉を知り、これまでの周囲の反応と整合性を取れるストーリーが出来てしまったのだ。
ワクチンを打たなければ重症化リスクが上がるが、陰謀論にのめり込んでしまった人はリスクの高い行動を取ってしまう。それと同じように、「自分が性的魅力の無いぬいぐるみだから彼女ができずに苦しい思いをしている」というストーリーに”目覚めて”しまった僕は、それを実行するだろう。
そうやって、僕はもう、彼女ができることは無いし、子供を持つことも出来ないというストーリーを見つめながら、孤独に死んでいくのだろう。

何年か前、仲の良かった女性を食事に誘ったときの話だ。
彼女は、出てきた料理をものの5分で食べ終わると、スマホを取り出し、ニコニコしながら画面を見続けた。聞くと、マッチングアプリで知り合った男性とラインをしているのだという。
僕が話しかけると、ああ、とか、うん、とか、生返事があったが、やがてラインに没頭するとそれすらも返ってこなくなった。
僕は、彼女の笑顔を見ながらひとりで料理を食べ、二人分の料金を払って店を出た。彼女はとても嬉しそうに、誕生日には○○が欲しいと言ってきた。
僕は彼女の誕生日に何も贈らなかった。僕が連絡をしなくなると、彼女との関係はあっという間に途切れてしまった。仲が良いと思っていたのは、僕だけだったらしい。

今ならわかる。これがぬいぐるみの恋愛だったのだ。

さようなら恋愛。
もう、彼女なんて求めないよ。だから、頼むから、楽にしておくれ。
僕は無害なぬいぐるみだよ。だから、お願いだから、気持ち悪いなんて言わないで。
さようなら恋愛。さようなら。

2024/1/18 追記

この記事を書いてから2年が経った。
まとめブログに載っていろいろな意見をもらったので、コメントへの返信と、この2年間で起こったことを簡単にまとめてみた。
良ければ見ていってほしい。

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