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やさしさラボ “コト起こし”実践8

これは、「やさしさラボ」の最終課題”コトを起こす”に関するメモです。
”コトを起こす”=やさしさの使い方の実験
ここでの定義は、
①自分と自分にとっての「むこうがわ」との間で
②自分にとって「やさしさとは何か」に近づく/を深める、あるいは「やさしさの使いかた」を表現する
③何らかの「コト」(アクション、できごと)を起こすこと

私の”コト”は、
自分と関わりがある人と「やさしさ×〇〇」で対話をする

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店長 35歳 男性
関係性:バイト先の店長
プロフィール:私が大学3年生の5月から働いているバイト先の店長。店長という立場と店員への思いやりの狭間でいつも苦しんでいる。いつも休憩の時に店長と話してると、人生とか恋愛とか、意図せずとも深い話になってしまう。

対談音声ファイル​↓


Q.家族との関わりの中で、やさしいなもしくはやさしくないなと思ったエピソードがあったら教えてください。

店長「まず、難しいテーマだなと思いますが(笑)。
家族に関して優しいで思うところは、自分は父親だから子供が二人いて。日々、子供達は目まぐるしく成長して、変わっていくなっていうのは日々日々実感しているんだけど。その中で、特に心に残っている優しさっていうのは、意外と単純なところで。上の娘が寝てる俺に布団をかけてくれて。今まで何回かあるんだけど、それを初めてしてくれた時に、翌朝起きて布団がかかってて。『あれ布団で寝たっけ?』って思ってて起きてきたら奥さんが『布団かかってたでしょ?』って言うから『かけてくれたの?ありがとう』って言ったら『それ娘がかけてくれたんだよ』って言われた時には『成長してる!!!』って嬉しくなったんだよね。その布団をかけることって、別に布団かけないで寝てる人がいたら布団をかけてあげてねって俺も奥さんを教えてない。でも、寝ちゃった娘に布団かけてあげたことは、数えきれないくらいあるし、それを自分で吸収して布団かけないで寝てる人がいたら布団かけてあげたほうがいいんだってことを学んでくれたと言うか。それってこっちをが布団をかけてあげていることも娘を思いやっての行動だけど。そういう、優しさが連鎖すると言うか。それってすごく素敵なことだなって。そういうことが子供に与えられてるって言う事が、俺と奥さんがそういう事をしなければわからないじゃん。それが目に見えてわかった時っていうのがやっぱり嬉しかったかなって思う。」

私「私は店長に『まだ幼いお子さんに優しさについてどう教えたいですか?』って質問しようと思ったんですけど、そうじゃないですね。自分で感じて学んでいくんですね。」

店長「布団をかけることだけじゃなくて。例えば、うちの子が勘がいいのか、普通そうなのかわかんないけど(笑)娘は、下の子がうんちしちゃった時とかに俺が『あ!臭い!』って言うとうんち変える時に必要な3点セットを持ってきてくれるの。そんなこと教えた事もないのね。ないんだけど、俺や奥さんがうんち替える時には必ずその三つを持ってくるっていうのを見てて、勝手に覚えてたんだよ。すごいよね!うちの子優秀!確かに優しい子に育ってほしいと思うし、どう伝えたら優しい子に育ってくれるかなって考えたりもするけど。別に何も教えなくても、自分たちがそれを意識して動いてれば、見ててくれるかなって。まぁ、ベタな言い方だけど ”子は親の鏡”だっていうでしょ。自分がとった行動が多大な影響を与えるわけだからなるべく優しい行動を心がけるし、恥ずかしくない行動を心がけてるかな。以前、奥さんから『あなたの後ろには常に私や子供たちがいるんだってことを忘れないでね』 って言われたのと同じだけど。具体的に目の前に居なくたって、やっぱ家族だから。繋がってるし、一括りとして見られるから。自分が下手なことをすると家族に迷惑がかかったり、恥ずかしい思いをさせてしまったり、辛い思いをさせてしまったりするかもしれないから。だから、何はなくとも正しくあろうっていうと大げさにはなってしまうけど。まぁ一生懸命生きなきゃなって。自分が一生懸命生きようとすれば、それだけで人に優しくなると思うんだよね。とにかく自分が動いて何か行動をすることって、周りに必ず何かしらの影響を与える。池に石投げ入れたら波紋が起きるとかそういうことでその影響がいいものでありたいなっていうのは常に考えてる。」

私「店長のパパとしての優しさは一生懸命だったりとか正しい背中を見せてあげるっていうのが優しさなのかもしれないですね。」

店長「正しいっていうのは違うのかもしれないな。正しいっていうか、自分が後悔しないっていうか、その時良いと思った行動をとるってことかな。それが結果正しいかどうかって結果が出て見ないとわからないところがあるし。だから、なるべくテキトーにやるってことは避けるようにはしてるけど。個人的な考え方だけど、正しいとか偉いとかに縛られる考え方っていうのがそもそも俺は好きじゃなくて。清濁合わせ飲むというか、正しい部分も間違った部分も両方あって人間じゃないかって思うので。常に正しくなくても良いけど、人情味溢れる人になれば良いんじゃないかな。うちの子にはそう伝わってほしい。
 上の娘が本当に気が強くて、ちょっと気に入らないことがあると幼稚園の玄関で「もうパパなんて知らない!もう帰ってこなければいい!」って言われて「やめてよぉー。」って言ったりしてるんだけど(笑)幼稚園の先生に話を聞くと、年下の子が喧嘩してると止めに入ったりしているらしく、根はいい子(笑)根が悪い子なんていないと思うんだけど。縛られず、個性を殺さないように、自分がされて嫌だと思うことは人にしない方がいいし、自分がされて嬉しいことはした方がいいと思います。」


Q.やさしさってなんだと思いますか?

店長「やさしいって、優しさって多分正解はないと思うけど。こうすれば優しいって誰が決めんの?っていう話で。人それぞれ環境も文化も、何もかも違う中で育ってるわけで。その中で優しいって作れないじゃない。だから正解はないかもしれない。でも、自分の考え方としては、そこに優しいと言うか相手を思いやる気持ちがあればそれが優しいなんじゃないの?って思う。」

私「結果的にどうであれ、どういう行動であったとしても、思いやる気持ちがあったらそれは優しさになるんじゃないかってことですか。」

店長「結果的に相手を傷つけてしまうことになったとしても、よくある話じゃない。そこが永遠のジレンマだと思うんだけど。自分は思いやってやったつもりなんだけど、結果的にはみたいなのあるじゃん。でも、ちょっと極端な言い方すると、思いやる気持ちがあってとった行動なら、それで結果は二の次じゃないのって思う。その優しさを感じられない方に優しさがないと思う。さっきの優しさは連鎖するっていう話にも通じるんだけど、優しさってする側の思いやりとそういうふうに思ってくれたんだなっていう受け取る側の思いやりの両方あって成り立つんだと思う。それが伝わらないときはもちろんある。その人が本当に相手のためを思ってやったんだったら、もうそれは胸張ってればいいじゃないか。理解されなくても、自分が相手を思ってやったことをなんで謝んなきゃいけないのっていう話だし。それが裏目に出ちゃったとしてもね。誰かを傷つける可能性って全員にあって。でも、その可能性の方を考えちゃったら、何もできなくなるでしょう。だから、それでも優しくありたいと自分が思って相手のためになる行動をちゃんと考えて考えて取った行動だったら、ちゃんと相手を思ってたんだったらいいじゃないか。」

私「言葉がちょっと悪いかもしれないですけど開き直ってますね。」

店長「コンビニの店長をしていると、急な欠勤だったりとかで忙しくなっちゃうこともあって。家に帰るのが遅くなったりもする。会社は仕事の割合を増やせって言うし、嫁は家庭の割合を増やせっていう。でも、俺にとってはどっちも大事だし選べないから5:5にするしかないのね。それはどっちの要件を満たせてないからどっちからも理解はされないけど 。その5:5のバランスを保とうと努力することが優しさだと思ってるし、それが自分ができる最大限 のことだから、そこについてとやかく言われても、悲しくなることはあるけど俺はそれでいいと思ってるし、そこは胸張れるもん。」


Q.今回のこの話をいつの未来の自分に届けたいですか?

店長「あぁー。15年前くらいの20歳前後の自分にも届けたいけど、一番は何年後かも知らないけど、出世したときの自分に届けたいかな。そこそこ今の会社で偉くなった時(笑)なれるかわかんないけど (笑)」

私「何でですか?」

店長「上の人たちを見てると、やっぱ偉くなるって責任が重くなることで。責任が重くなるにつれてがんじがらめになって、色んなことが見えなくなっていくんだと思うの。責任を守ることばかりに終始すると言うか。まあよく言う本部と現場の溝と言うか。そういうのは往々にしてある話で。『みんなそんなって言っちゃうのかな』と思って。でも、俺は昔から自分が上に立った時は、『今の良くない部分を変えてやる』ってずっと思ってきてて、そのつもりで働いてきたのが薄れていっちゃったら嫌だから。見失わないようにしようと思ってるけどね。きっとみんなそう思いながらきてるはずだと思うんだよね。それでも見失っちゃってる人が多いんだと思うから、その時の自分にこれを届けたら『こういう気持ちでやってたな』って思えるんじゃないかなって思いました 。」


私の感想
 店長のパパとしてのやさしさの中で「親である自分たちが背中で子供に見せていく」っていう話がいいなと思いました。これは親子の関係だけの話ではなく、どんなコミュニティにいても自分がとった行動を見てる人がいて影響を受ける人がいるかもしれないということは考えて行動することも一つ、自分が他者にできる優しい行動の一つなのかもしれにないなと思いました。
 また、自分が優しいと思ってしている行動なら結果はどうであれ胸を張っていいと思うという考え方は、優しいと傷つけたくないのジレンマをある意味で解消していて驚きました。


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