鈴木ジェロニモ自選短歌180首


こちらはデータ版です。


以下はテキスト版です。



木製のサラダボウルが回されて四人目までが取りすぎている

海老天がはみ出している印象を強めるために乗せられたふた

相席の他人に同じ天丼が届いて同じ順序で食べる

白皿に紛れ込ませた金皿がちゃんと勘定された会計

生ハムを知ったときから食卓のハムにそれぞれ過去がうまれる

揚げたてと言われて取ったいか天のいかが一口目で全部出た

銀杏を掘り起こすとき安らかなかたちになっている茶碗蒸し

のり弁ののりの後ろに味があることを知らずに食べ始めたい

券売機の見つけやすくて押しやすい位置に一番高いラーメン

肉と茄子をペアで食べ進めていって茄子が余った肉茄子炒め

店内の曲が転調したことに気づく もう無い水をまた飲む

ぱりぱりのピンクのやつで歯の裏を傷つけている 取り皿がない

四人掛けボックス席の通路側からスポーツのように取るウニ

しあわせは歩いてこない どんぶりの底に溜まった一味の赤さ

ちゃんぽんが麺の名前と知るまでは拾った石に名前があった

夕焼けで炒めたようなナポリタン食う常連に猫背が似合う

はつなつの風がはしゃいでいることを飛んだ帽子が教えてくれる

長靴の長の部分が畳まれて窮屈そうな雨の下駄箱

海沿いを走る電車の陸沿いに紫陽花がある 帰りに見よう

首振りに遅れてやってくる風をすこし迎えにいくくらい夏

校名が刻印されたスリッパの右の緑が濃い文化祭

プリウスのようにしずかなクマバチに「刺さないやつ」と近づいていく

輪郭を描いては消してまっしろな入道雲は夏の下書き

透明なうつわも汗をかいており夏はすべてのものに平等

刻々と涼しい夜に迫られてレモン電池のすっぱいひかり

野球部の三年生が一斉にソフモヒにして来る自習室

昨晩の星に降られたTシャツはすこし縮んでひかりのにおい

たたかいを平易に記す教科書の鈍器としても使える重さ

兵馬俑のごと式典前日にステージ下を出づパイプ椅子

立ち漕ぎのチェスターコートはためいて滑走路へと変わる畦道

目隠しで割った季節の半分がまだ砂浜に転がっている

あたたかな春の日差しで始まった祝辞が着地するまでの冬

県立の入学式に満開の県民税で育った桜

1KのKまで鍋を運ぶとき雑誌に戻りそうな鍋敷き

冷蔵庫の6Pチーズ傾けて2P残っているときの音

ていねいに新芽を取ってじゃがいものやりたいことは認められない

ハンガーを白で揃える隣人がぬいぐるみを干しているから晴れ

食パンを一枚取ると袋から一枚分のかたちが消える

1500ワットで沸いたグラタンを萌え袖で取り出すグァンさん

いま洗い流したものがシャンプーかコンディショナーか思い出せない

コンビニのおにぎりの〈2〉が刈り取った海苔に執着しない豊かさ

業務用ドレッシングを傾けてかけすぎないようにかけすぎる

ドアノブの傘を滴る雨粒が部屋の数だけつくるみずうみ

右腋に体温計を挟むとき世界がすこしだけはやくなる

ティファールを沸かしたときに催して尿意のほうを大切にした

水だけでよごれを落とすCMのためにきれいによごれたグラス

無印に並ぶベッドの寝心地を確かめられるだけ確かめる

バースデーケーキをひとつ切り分けるように写したイルミネーション

リクルートスーツで耳を動かした 特技の欄にそう書いたから

アパートに引越しセンターやってきて去っていくータンセし越引

岩石か魚かわからないものを魚と決めて次の水槽

絶叫の権化となった乗り物の誰も振り落とさない優しさ

気に入ったキーホルダーを買ってきてキーホルダーとして使わない

アームから暗い穴へと揺れ落ちてようやく柔らかいぬいぐるみ

もう一枚撮ります、の後それぞれのピースサインが弛緩して待つ

大好きな選手が知らないアイドルに空振りさせられる始球式

青森で生のねぶたを見たときの心斎橋のような圧迫

行き先のちがう電車に乗りかけて乗っていたかのように降り立つ

そのような形の岩にそのような名前をつけた観光名所

助手席で舐めて溶かした酔い止めの効きを疑うほどぶどう味

左手に拾ったものを乗せるたびもっと窪んでほしいとおもう

春色のラベルを巻いた炭酸の春と思えば春ののどごし

春風がもう飲み干した紙コップばかり選んで倒していった

ボーカルが手を振るように促して手拍子がなくなる二番サビ

ゲレンデのリフトに尻をすくわれて大縄で跳べたときの感じ

肉体は月曜にあり精神は日曜にある 土曜に揃う

破廉恥な迷惑メールを縦に読む「こめはいるかい」母かもしれぬ

シュレッダーの中で眠る空腹の山羊の乳から個人情報

小魚の死因を二つ戒名に背負った煮干しから良い出汁が

生前に罪を犯した回遊魚たちが行き着く回らない寿司

迷彩の柄のすべてが鳥取か島根か青森でできている

フリスビーのように投げて灰皿の精度を上げる鬼演出家

体から音があふれる病気です 聴診器からジャズがきこえる

煩悩の数は108 イートインすると110 持ち帰ります

「スマイルのテイクアウトのお客さま?」冷凍庫に大量のスマイル

宇宙ではてりやきマックバーガーのたれがこぼれないらしい 行きたい

アニメ化にあたってカットされる日を原作として必死に生きる

いるはずのハチ公前にいないのでハチ公前をひろげて探す

友だちと分かれてうちに着くまでの傘が刀になりたがる道

ひらがながよるおそくまでひかってるまいばすけっとまいばすけっと

お幸せにと言いました 焼き芋のあとにお芋と付け足すように

近所のよく吠える犬は近所では決して吠えないことで有名

平熱が作った服を平熱が売り平熱が着て似合わない

テーブルが不動産屋と来客を国境線のように仕分ける

外側に向けてガラスの内側に貼られた安い物件情報

許されるつもりで買った菓子折りを持ち帰る こんなに美味いのに

ワイパーに雪を残したミニバンが異物のように春の街道

公園で子どもが叫ぶ 見なくてもわかる深刻ではない感じ

行政が整備している公園に英語表記のやかましい風

タクシーの後部座席で寝るようにL字に萎えているカレーパン

看護師が問診票を書いている 7がわたしの7に似ている

浴槽をあふれさせると洗い場に漕ぎ出していくきいろいあひる

「個別指導だから伸びろ」と見間違う学習塾の緑の幟

日本語にない発音で読み上げるときはそちらの神を信じる

小汚いけれど美味しい中華屋の跡地に建ったレジデンス原

新しい線路をつくるクレーン車が線路を使わずにやってくる

わたしではなくiPhoneのある場所に瞬間移動する現在地

バス停に止まったバスを追い越してバスはゆっくり追い越していく

デニーズが二階にあって一階はデニーズ専用の駐車場

引っ越しの業者が家具を引っ越しの毛布でくるむ うちのと同じ

都営バスの優先席を避けながら避けながら避けながら優先席

会館の重いとびらを全身を振り子のようにして開け放つ

隣人がいつも見ているシン・ゴジラ もしくは聞いているシン・ゴジラ

鳴らさないように鳴らした呼び鈴の力まなかったからすごい音

にんじんを狙うきりんのむらさきの舌が本体みたいに伸びる

白米をモチーフにしたキャラたちの精米により削れた頭部

「好き」と「すこ」のあいだに広い川があり「すこ」の岸辺にあるグラウンド

オーライがオライオライのエネオスでヨライヨライと叫ぶ新人

新しい歩道ができて駅前の人は思惑通り行き交う

空席にタオルを置いてもっと良い席が二階にあるか見に行く

消化器に最も近い席だからそのときはそうせざるを得ない

ビルインフォメーションにあるSAPIXとSAPIXをセル結合したい

改札の向こう側から入れない列を選んで出る最寄駅

びっくりを前の人より多くしてLINEのそういう流れに送る

帰りたい配達員から帰ってほしいわたしがすぐに受け取る荷物

最初から横で撮られていないから横にしたら横になる動画だ

イラストと実物を見て実物の方を組み立てると出来上がる

七味のビンに違う七味を詰め替えて振るたびに違う七味が出てくる

実際に会ったら ん って言うけれど文字だから よろしくお願いします!

掃除用具入れを表すイラストの戦えそうなモップとバケツ

揺れます、という車内アナウンスのあとに本当に揺れて嬉しくなった

三人の中学生が乗ってきて声変わりしている子がよく喋る

押し付けるよりも導く表情が上手い役者の脱毛広告

投げるとき投げるところを見ていたら投げるところにボールがいった

マンションの一階にあるコンビニの三階にコンビニの看板

人よりも太いからだを予め決められた椅子のかたちに座る

登壇者がみんな眼鏡をかけていた眼鏡と関係ない講演会

MサイズをM、サイズと言ったから正しく渡されるMサイズ

ハワイアンカフェのメニューに右手のアロハと右手のアロハと右手のアロハ

青白くトラック走る早朝を国道沿いのなか卯で過ごす

宝くじ売り場の中にいる人のオーラのような宝くじ売り場

自販機が家の中にもあったなら上にティファールとか置くだろう

わたしから小学生が逃げていくゲームが始まって続いてる

川のぎりぎりまで行ける階段の閉鎖が川の上から見えた

安すぎる靴屋の外に積んである靴箱の上の安すぎる靴

わたしから逃げ切った小学生がものすごいマンションに帰った

高収入! を大音量で響かせるトラックが守っている法律

こんな立地で商売やっていけんのかと思った人でいっぱいの店

語学学校がサムギョプサル屋になっていた入り口の下駄箱はそのまま

一月の物干し竿で朽ちていく五年使った洗濯ばさみ

友だちだから見にきてくれてつぶやいてくれてわたしはリツイートする

炊飯器の線まで水を足すときに選ぶコップが決まりはじめる

誰かがわたしを応援しているのがわかる 58分に始まるテレビ

〈写真から選ぶ〉に触れてタブレットの食べたい料理の写真に触る

急に撮った感じにしたいだろうから急に撮られた感じで待った

原宿を自転車で行く人たちの原宿を自転車で行くよ感

リサイクル運動の絵のトラックは古紙を運んでいるから笑顔

そこにいた誰かに媚びていた頃のよくないポーズの写真を消した

紅蓮華のサビでイルカが飛び跳ねる 誰かのために強くなれるなら

曲芸を終えてイワシを食うイルカ 芸がないから食われるイワシ

3時6時9時12時に顔があるかわいくて読みにくい時計台

店員がゆっくりアイスコーヒーを置いてゆっくりミルクを置いた

こちらから入れた切符があちらから出てくる イルカショーの速さで

プロ野球選手が道具をぶん投げるうれしいときやかなしいときに

劇中に殴るシーンがあったけどきれいな音楽が流れてた

ヘルメットの上から平手でぶん殴る いい音 いい音をみんな見る

母親のたぶん娘が髪の毛を引っ張って母親は笑った

終活と明朝体で書いてある コンクリートがまだあたたかい

壁だった鉄の扉を開けるとき後ろから追い越していく光

味ぽんのCMだから味ぽんを死ぬほどかけて笑って食べる

午後ティーのペットボトルに詰め替えた水道水がすこし午後ティー

調味料置き場になった窓枠のクミンの位置にクミンを戻す

感覚で水を飲んだらコップから知らない水が服にこぼれた

クーポンがわたしを経由して店に届くと安いわたしの会計

公園の上空にいた鳥の群れが毛穴のように遠くへ行った

振り込め詐欺防止のテーマソングから聞こえるうつくしい振り込め詐欺♪

そのときの物欲のままメルカリがわたしにメールするスニーカー

さん付けで呼ばれたときの気持ち良さ 気持ち悪さと言い換えて、言う

何回も話した話を豆苗のタイムラプスのように話した

きみが書くきみの名前のひらがなのふくらむところ強がるところ

例えとして出てきたゴールキーパーに引っ張られてフォワードとか言った

木の枝にボールが引っかかっていてそれぞれ持ってくる長い棒

店内に入った蝉を店員がビスコみたいにつまんで投げた

東横線↑に向かって進んだら東横線↓が現れた

それとなく投げるフォームで喋ったらそれとなく打つフォームをされた

いま信号渡るところ、という電話をかなり手前でかけて走った

ワッフルを食べないで話しかけてくるマッチングアプリの広告の女性

地図アプリが示すルートに従って歩くと川の上にある橋

夜のピザ屋の換気扇から夜のピザそのものだけが出てこなかった

十年かかると言われたことの五年目の消すまでついている常夜灯



大きくて安い水