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超歌舞伎『今昔響宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)powered by NTT』が細田守的に世界を変えた話

十二月大歌舞伎『今昔響宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)powered by NTT』。

 ニコニコ超歌舞伎の配信と比べると意外と現場参加はあっさり。当たり前ですが歌舞伎座版にはニコニコ動画視聴者による弾幕がないので、お芝居そのものの情報量は圧倒的に減少。ニコニコの時は会場にも弾幕を表示するスクリーンがあったので、今回の歌舞伎座の観客に関しては弾幕の分の情報量が丸々省略されていました。
 また、演目がいくつかある超歌舞伎でも、特にこの「千本桜」はストーリーが超あっさり。
 
あらすじ: 悪者の青龍により、日本を守護する千本桜が神代に枯らされてしまい、桜を守ってきた白狐の尊(中村獅童)と初音の前(中村蝶紫)は絶命。辛うじて千本桜の精 陽櫻丸(中村晴喜)と夏櫻丸(中村夏幹)は狐に姿を変え、初音の前の娘 美玖姫(初音ミク)は蝶に姿を変えて逃げ延びる。
 そして千年後(たぶん義経千本桜の頃)、闇に包まれた千本桜の地に現れた美玖姫と狐忠信は再び青龍と戦う。忠信は深手を負うが、

「数多の人の言の葉と桜の色の灯を」

と人々に呼びかけ人々の力で千本桜は再び花を咲かすのだった…
 というあっさりしたお話を各種アクションでつなげたもの。

 「言の葉」は元々はニコ生の弾幕。細田守監督の『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』『サマーウォーズ』『竜とそばかすの姫』的な、みんなが共感できる大義があるならインターネット大衆は世界(他)を救うことが出来る、みたいな話。ただ生配信も弾幕もない今回は、「言の葉」は誰でもOKの掛け声でした。細田守的テーマとはずれますが、誰でも声を掛け放題とか普段ないので楽しい。同時に現場でペンライトの「灯」を振って盛り上がるという趣向。

 客層ですがおじさんが沢山いました。通常歌舞伎の男性客の割合は3割くらいのところ今回は4割くらい。初音ミクファン層に加えてNTT社員の席が結構あった模様です。NTT関係受付デスクがでていて、イヤホンガイドとペンライトを貸し出していました。定価だとイヤホンガイドは800円、オリジナルのペンライトは4000円。手厚い福利厚生もpowered by NTTですよ。(私はダイソーで450円のペンライトを購入して使用)
 
 最新技術の部分ですが、初音ミクと獅童ツィン(デジタルダブル)はホログラムではなくてLEDスクリーンに表示。但しミクさんは宙乗りあり。あと、どこかにいるミクの中の人と舞台上の獅童の演技をそれぞれリアルタイムでキャプチャーして、美玖姫と獅童ツィン(デジタルダブル)をリアルタイムでLEDスクリーンに表示していた模様。模様、というのはレイテンシー(遅延)がほぼ感じられなくて、タイミングよく動画データを再生しているのと見た目が変らなかった。ライブエンタテインメントで通用する回線速度すげえ!と感心すべきなんでしょうけれど、普通の観客には有難みがわからなかったと思います。

 歌舞伎役者の父親が早く廃業したせいで、歌舞伎界での後ろ盾がなく、テレビ・映画への出演で人気を確立し歌舞伎役者としての地位を築いてきたのが中村獅童。超歌舞伎のような斬新というか、型破りなプロジェクトに取り組むことになったのも彼の立ち位置の影響が大きいのでしょう。新作歌舞伎は、古典歌舞伎では大きな役がつかない部屋子出身・国立劇場養成所出身の俳優にとって大きな役で実力をみせるチャンスですが、超歌舞伎では澤村國矢と中村蝶紫が2016年のニコニコ超会議版の最初の公演から参加。市川青虎も部屋子から頭角をあらわし名跡を継いだ人。
 つーか、門閥外どころかデジタルダブルにボーカロイドまで登場させたのが超歌舞伎。そして今回は晴喜くんとチャレンジドである旨公表された夏幹くんも登場。ポリティカル・コレクトネスとかインクルーシブとか、エンタテインメントでそんなものを前面にだされても説教臭くて退屈なだけですが、とにかくなんでもかんでも舞台に上げてみんなで盛り上がることで結果として多様多彩で豊かな世界を出現させました。

 とはいえ、とにかく盛りだくさんの超歌舞伎。NTT/ドワンゴ/クリプトン・フューチャーメディアなど座組を維持するのも大変そうだし、今回、歌舞伎座で大歌舞伎として公演して終わりかと思ったんですが、これはこれで定番化していくのかもしれません。商標登録検索をしたら松竹株式会社が「超歌舞伎」をちゃんと登録していました。
 中村獅童と新しいエンタテインメントを応援してきたニコニコ動画視聴者は、世の中を少し変えたのだと思います。