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繊細緻密『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』vs ゆるゆる『ザ・フラッシュ』

正義の陳腐化が定着したアメリカの物語

 アカデミー賞長編アニメーション賞を獲得した『スパイダーマン:イントゥ・ザ・スパイダーバース』(2018)の続編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と、DCフィルムズの期待作『ザ・フラッシュ』が公開になりました。
 両方マルチバースもので両方面白いんですが、アートとして緻密かつ繊細に作り込んであるスパイダーマンと、何から何までゆるゆるでエズラ・ミラーの演技のみ、要は人力で乗り切るザ・フラッシュはいちいち対照的です。文章で比べると読むのも退屈で、書くのもめんどくさいので表にしました。

比較表

〇パーソナルな物語 
両方、マルチバースものでスケールが超大きいはずなのに、父ちゃんを死なせないとか、母ちゃんを助けたいとか非常に個人的な話が核になってます。なぜなのか? 

〇2016年までのスーパーヒーロもの

 MCUの『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)はアヴェンジャーズが、国連の管理下にはいることに合意したグループとそうでないグループに分かれてヒーロー同士が戦う話。DCではクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008)『ダークナイト・ライジング』(2012)のバットマンも大衆が望む正義のために敢えて犯罪者の汚名を被る展開。逮捕され服役中のヴィラン達に減刑を餌に危険なミッションを課すという『スーサイド・スクワッド』(2016)もありました。勧善懲悪のヒーローものが飽和した後、正義の揺らぎとか正邪の混濁みたいなテーマの映画がシリアスなものからコミカルなものまで量産されました。
 そういった価値観を問うような作品も、だいたい2016年くらいまで。

〇そして2016年以降。正義の陳腐化が定着したアメリカ
 ちょうどトランプ氏が大統領に当選したのが2016年。実業家としては破産や踏み倒しを繰り返し、セクシャル・ハラスメント被害を告発した女性も多数。それでも当選してしまったわけで、アメリカ社会では正義を信じるのが本当に難しくなってしまいました。
 とはいえ、4年間の任期ののちトランプ氏が2020年に落選してからすでに数年。世の中の雰囲気として正義に対する感覚は癒されていないのか?不思議です。その後の様子を見ると、癒えていいばかりか正義の陳腐化がむしろ定着してしまっています。  
 再選なりませんでしたが、トランプ陣営は投票機の操作による不正選挙と主張。前提が嘘ばかりの荒唐無稽な主張でしたがFOX NEWSなどは論評なしにそのままニュースとしてトランプ陣営の主張を報道し支持者を扇動、2021年1月6日の米国会議事堂襲撃事件につながりました。
 その後、投票機メーカードミニオン社は名誉棄損でFOX NEWS他を提訴。表現の自由を最重視する米国では報道機関の名誉棄損を問う難易度は非常に高いとされますが、明らかに不利だったFOX NEWSは1000億円を超える和解金を支払い2023年4月に和解しています。とはいえ、FOX NEWSはニュース専門局としては現在も視聴率No.1です。
 一方、トランプ氏の同族企業は2022年12月NY州での脱税で有罪確定。大統領在任中に入手した機密書類をフロリダの自宅に違法に持ち出した件で、スパイ防止法違反や司法妨害の罪で今月6月に起訴されています。
 この種のニュースが流れるたびに何が起こるかというと、支援者から数億円の寄付が集まる。悪いことをすればするほど儲かるという見本になっていて、その見本は元大統領。自分の好き嫌いと正義の区別がつかない人間が開き直って恥じ入ることのないアメリカ社会になってしまいました。

〇二極化
 結果としてスーパーヒーローもの映画に起こったのは、二極化です。
 ひとつの極はスーパーヒーローものなのに、妙にパーソナルな物語。MCU『ドクター・ストレンジ』(2016)は事故で大怪我をした天才外科医がリハビリの過程でスピリチュアルにはまる話。『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)はスパイダーマンが調子に乗ってやらかして市民を危険にさらし、アイアンマンに怒られて学校生活に専念しようとする話。DCの方には貧困と病んだ精神を抱えた男の身の上話『ジョーカー』(2019)がありました。
 もうひとつの極は、劇場大作映画デビューに成功した様々なスーパーヒーローをせっかくなのでずらりと並べてお得感満載にした顔見世・総進撃もの。MCU『アヴェンジャーズ』各作品(2015、2018、2019)にDC映画の『ジャスティス・リーグ』(2017)です。
 正義とは何か?を追求することすら難しくなり、消去法で身の上話的なストーリーになるのは仕方ないにしても、『ジョーカー』レベルまでのスケールの小さな話が通用するのは例外です。同時にスーパーヒーロー大集合!みたいなネタは多用するとすぐに飽きられてしまいます。
 そこで、このスパイダーバスとフラッシュの二作は基本は身の上話ですが舞台をマルチバースにして、スケールを無限大に拡大すると同時に他のキャラや過去作品のキャラを大量に登場させてお得感を出した。
 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』ではあらゆるユニバースで起こるはずの父の死を回避するのがマイルズ・モラレスの目的。そのため他のユニバースのスパイダーマンたちは、定まった運命が変らないようにマイルズを阻止しようと総出で彼を追いかけます。
 『ザ・フラッシュ』は光速を超えて移動することで時間を遡り、子供のころに起きた母親の殺人事件をなかったことにする話。時間を遡って過去を変更したことで複数の世界線が生まれてしまい、自分自身を含めて複数のバージョンのスーパーヒーローと出会うことになります。 
  結果として二作とも、スーパーヒーローものとしては斬新であるという評価を受けています。映像表現のスタイルとしては、大変緻密かつ繊細なアニメーション作品と、CGは全体に適当でエズラ・ミラーの演技と人となり=つまりは人力で魅力的な映画として成立させた実写作品という風に両極端になりました。

〇次の展開
 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』はストーリーが完結しておらず、来年公開予定の『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・ズパイダーバース』に続きます。父親を救うことが出来るのか?またそれが果たして”正しい”ことなのか?結論が出ます。
 『ザ・フラッシュ』は、母親を救った自分の選択が間違いであることを悟り悲痛な想いで自分の間違いを正して終わります。感動的な自己犠牲のストーリーとなりましたが、結局は単に速く走るだけのキャラクターなのでCGの技術がどんなに向上しても映像表現で凄いものをみせるには限界があります。次回作があるとすれば再びエズラ・ミラーの人力に依存することになる。 
 ただエズラ・ミラーは精神状態がとても不安定な人で、過去に遡って10年以上前から何度かトラブルが報道されてきました。特にここ数年はひどく、昨年2022年はハワイ滞在中に何度もトラブルを起こし複数回逮捕されました。今年に入ってからは、バーモント州の自宅の隣人宅に侵入して窃盗事件を2度起こして、最悪の場合は26年間の実刑もありうるという深刻な状況です。
 正義の陳腐化は深刻でかつゆるゆるのフラッシュとはいえ、窃盗犯というわかりやすい犯罪までやらかしたエズラ・ミラーが次回作以降も登板可能なのか? とはいえ彼の人力がないとザ・フラッシュはどうしようもありません。

 てなわけで、これらの二作がすでに別々のユニバースに属するレベルで違いますが、それぞれ今後に注目したいと思います。