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芝のぶは歌舞伎の型を残せるか?

團菊祭五月大歌舞伎 伽羅先代萩が感動的でした。

下記のような陰惨なお話。今回は「見どころ1」の部分。

 命を狙われている若君足利鶴千代に中村種太郎(8歳)。
若君を必死で守る乳人の政岡は、人間国宝尾上菊五郎の当り役ですが今回は息子菊之助。
政岡の教えを守り命をかけて鶴千代の盾となる政岡の息子千松に丑之助(10才/菊之助息子)。

 そして、若君への差入れである毒入り菓子を敢えて食べて苦しみ出した千松をみて、悪事の発覚を恐れ無礼を理由にその場で千松を懐剣で嬲り殺す腰元八汐も大きなお役です。残虐な役回りなのでいつからか大物の立役が配役されるようになり、直近数年の興行だと人間国宝片岡仁左衛門、人間国宝中村梅玉、みんな大好き坂東彌十郎などのお役。
 今回も人間国宝中村歌六が担当…と思ったら、体調不良で数日間休演になってしまいました。

 そこで今回代役となったのが、中村芝のぶです。

 国立劇場の研修生出身で門閥外なので、伝統歌舞伎ではずっと小さな役ばかり。それでも「歌舞伎なのに女性が出演していた!」と苦情が寄せられるほどの美貌と演技力をそなえた俳優です。FFXのユウナレスカ、マハーバーラタ戦記で女神ラクシュミーと鶴妖朶王女の二役、ナウシカの庭の主など門閥にこだわらない新作歌舞伎では要になる役を次々担当してきました。2024年には新作歌舞伎での活躍を称えられて、読売演劇大賞選考委員特別賞を受賞しました。

で、代役とはいえ今回は人間国宝級のお役ですよ。

 陰謀側の末端の立場の人間が、子供をその母親の前で殺さなければならない状況に一瞬にして放り込まれる役。いつもの八汐はそういう内面はあまり感じられず、立役の八汐が千松を様式化された乱暴さで堂々と嬲ることで非道さを強調し、場面を盛り上がるんです。お家乗っ取りを狙う仁木弾正の妹という設定で、歌舞伎では仁木弾正は悪役の記号でもあり、その妹も悪の記号であるという素直な解釈なのでしょう。でも芝のぶの八汐はもっと怖かった。

 ”千松を殺すことを正当化するために千松の無礼を強調する” 
= 無礼に怒り罰として絶命するまで苦痛を与える ことが必要と八汐は考えているはずのシーンです。

 そこにその子の母親がいるかどうかは関係なく、それが身分や家族関係から自分の立場のものがその瞬間やらなければならないことだと判断した上で、迷いなく実行して見せる怖さでした。普通の人が、とにかくそれを自分が実行することを避けられない状況におかれて、内面の残虐さを絞り出している怖さ。

 苦痛のあまり千松は悲鳴をあげるのですが、子役がかわいいので無礼な観客からは笑いがおこることが多い場面。でも今回は笑いも起きませんでした。自分が刺されて苦しんでいるシーンで観客が笑うのは丑之助だって嫌でしょうし、場面としての凄みも深まりました。

 千穐楽後、今回の代役について芝のぶはブログで丁寧なお礼を書いています。

 そこに「(歌六は)昔から身分の違いなど気にせず分け隔てなく凄く優しくしてくださっていた方なので」という箇所がありました。”身分の違い”なんて日本語をリアルな人間関係に使う機会って現在はほぼないと思うんですが、後ろ盾になる家族がいない研修生出身と人間国宝レベルの俳優を頂点とする門閥との関係がにじみ出ています。

 芝のぶの八汐も、身分の低さと家族のふるまいゆえに否応なしに自分の中の残忍さを必死で絞り出している彼女の内面が、芝のぶの人生により増幅されて伝わってくるような演技で、大変感動的でした。研修生から歌舞伎の世界にはいった俳優が、とにかく与えられた役に全力で向き合ってきた結果、大役を得た姿への感動です。ただそれだけでなく、八汐というキャラクターの新解釈を提示したわけで、これが今後、歌舞伎の型のひとつになるんじゃないか?という、型が生まれる瞬間を目撃したような感動でもありました。

 中村芝のぶ がその人気と実力に相応に一刻も早く幹部に昇進してもらいたい! 本役として芝のぶの八汐を観たい! と強く願った観客はとても多かったでしょう。ファンの期待が叶えられる日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。