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掌編『監視員』

「なるほど、これは良いものですなあ」
 社長は、見せられたロボットを見てうなった。
「そうでございましょう。御社のレジャー用屋内プールの監視員としてうってつけでございます」
 セールスマンは自身満々に自社製品の人型ロボットを指さして言った。
「こちらのロボットは、遠隔操縦型でございます。監視員は操縦室から複数のロボットを操ることが可能です。御社の監視員は総勢十五名。ですが、弊社のロボットを導入していただければ、たったの一名で対応が可能となります」
「それは助かる。人件費は馬鹿にならないのだ」
「そうでございましょう。効率化、利益最大化にぜひ」
「しかし、役に立たなくてはどうにもならないぞ」
「ご安心ください。こちらのロボットは人間同様の機能を持たせてございます」
 セールスマンは、次々にロボットを操って見せた。歩く、走る、物をつかむ、泳ぐ。確かに機能は申し分ないように思われた。
「いかがでございましょう。監視員の役を十分に果たせる性能でしょう。ロボットに任せておけば、監視員の方々も、長時間プールサイドに立っていなくてよくなるのです」
 社長は、暫し考えた後、
「よし。買おう」
 とうなずいた。
 社長は、購入した人型ロボットを、監視員の代わりに、プールへと配置した。
 監視員は皆アルバイトだったため、やめさせるのも簡単だった。
 ロボットの操縦は、監視員の中で人一倍真面目であったエイタが行うことになった。
「エイタ君。くれぐれもよろしく頼むぞ」
「はい。お任せください。社長」
 エイタは、アルバイトを続けることができ、かつ楽にもなるとは、願ってもないことだと思った。時給は相変わらず高くはなかったが。
 それからというもの、プール事業の利益は増加した。それまでは、屋内プールが流行らなくなってきたこともあり、社長は頭を抱えていた。しかし、無駄なことを省けば、収益が上がらなくても利益は生み出せるのだ。
 社長は、いかに人間に金がかかるかを思い知った。
(もっとロボットにやらせればいいではないか)
 社長は、あのセールスマンに電話をかけた。
「ロボットの性能は素晴らしいじゃないか」
「光栄でございます」
「ぜひ、もっとロボットを導入したいと考えているのだが」
「ありがとうございます。今回は半額でのサービスとさせていただきます。今後ともごひいきに、よろしくお願いいたします」
 社長は目を輝かせた。
「では、事務要員、電話番、受付用にもらおうか」
 ロボットはすぐに配置された。
 社員はロボット導入前から三分の一になっていた。
 利益はもっと増えた。
 ある日、エイタがロボット操縦室でモニターを見ていたところ、ある監視員ロボットにエラー表示が出て、ロボットからの映像も途絶えてしまった。不思議に思い確認すると、部品の一部が壊れていることが分かった。
 社長は、セールスマンに電話した。
「君のところのロボットだが、もう故障したようだぞ」
「さようでございますか。ご面倒とは存じますが、故障の内容をお教えくださいませんか」
 腰が低い調子でセールスマンは言った。
 社長が説明すると、セールスマンはロボットを売った時の自信を取り戻していた。
「その様子でしたら、修理で対応可能です。これからはアフターサービス課で対応させていただきます」
 アフターサービス課によれば、修理に二週間必要なのだという。もちろん金もかかる。社長は仕方なく、修理に出すことに決めた。
 それから、一か月後、今度は別のロボットが故障した。そのまた一か月後も故障した。故障は定期的に起こり続けた。しかし、すでにロボットを購入してしまった社長は、今更手放すこともできなかった。
 エイタはその間、壊れたロボットの穴を埋めるためにこれまで以上に働いた。監視員以外の仕事も手伝った。疲労はどんどんたまっていった。
 十日連勤目の午後、エイタは操縦室の椅子で少し居眠りをしてしまった。
(さすがに、疲れたな)
 エイタは、ロボット導入前の方がはるかに楽だと思った。雑事が増えたような気がしてならなかった。それに、責任も増した。ただのアルバイトの自分に監視員すべての制御など荷が重い。
 憂鬱に思って、ふとモニターを見ると、監視ロボットのエラー表示が見えた。
(またか)
 うんざりしながら、眠気でふらつく体を無理やり椅子から立ちあがらせた。作業を思い出すだけで、頭がくらくらする。まずロボットを回収し、手近な倉庫に運び込む。次に故障個所をチェックしてから、業者に報告しなければならない。ロボットは六十キログラム。
エイタは、ため息をついた。
 操縦室のドアを開け、プールサイドに配置されているはずの故障したロボットを探す。
 まばらな利用客の間を進んでいくと、遠目に子供用プールのロボットが停止していると分かった。エラー表示もこのロボットだろう。
 プールの中には女の子が一人だけだった。はしゃいでいるようだ。水面を小さな手でしきりに叩いていた。はじけ飛んだしぶきは、ロボットのボディにぶつかった。ワックスのためか、しぶきはするりと落ちた。
 エイタは眠い目をこすりながら、歩を進めた。
「助けて」
 女の子の、はしゃぎ声にも似た叫び声を聞くまでは。

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