三匹が行くコロンビアの旅(8)

<20XX年2月12日>
 朝4時半に起床。
 仕事用PCにログインしてメール返信などの処理をする。
 6時半になり、ルピタが起床。珍しく少々遅めだ。昨夜はシャワーを浴びてから寝たので、日本的生活リズムが若干戻ってきたのかもしれない。

 今朝は、少し離れたところにある大きな教会へ行くため、早めに家を出る。ディエゴの車にどやどやと皆で乗り込み出発。
 ボゴタの街の喧騒を抜け、少し早めに教会に着いた。時間があるので、近くにあるローカルな雰囲気のカフェで朝食をとる。カフェの中は非常に混雑している、というか、店の入り口から入ることさえ難しく、店から人があふれる勢いでガヤガヤしており、無理やり身体を押し込んでいくしかないという感じで、いかにもカオスという状況だ。全員で突入し奇跡的に空いているテーブル席まで突き進む。アジア人の顔をしているのは私とルピタのみのため、自然と周囲の視線が集まる。
 カフェベーカリーなので、ホットコーヒー、パン、スクランブルドエッグ、と選択肢は自然に決まる。こういうカオスなカフェであっても注文が早く済む。

 朝食を済ませ、教会まで徒歩で移動。教会は非常に大きく、立派な建物であった。後で見たり聞いたりした分も合わせて説明すると、4階から5階建てくらいの高さがあり、地下2階まである。地下部分はすべて駐車場らしい。大講堂(と仮に読んでおくが)には2階席、そして3階席もあって、この大講堂だけでおそらく500名以上は収容できるポテンシャルがあると思われた。
 むろんこの大講堂で今日の集まりが催されるのであり、私たちも入り、やがて人々によって埋め尽くされていく。集まりの内容詳細は省くが、日本から来たコロンビア人と日本人の多国籍家族ということでわれわれも紹介され、アレクサと私まで前に出てマイクを持ち、数百人の聴衆を前にルピタを抱えて挨拶する事態となった。正面の大画面モニターにわれわれの姿が大写しになる。事前に段取りは無い。このような状況で、しかも事前の段取りなしで挨拶をするのは、もちろん生まれて初めてである。
 日本からやって来た教会の牧師と間違われたのだろうという思いもあったが、皆から大歓迎され、集まりが終わった後は、握手やら写真撮影やらで引きも切らない有様であった。やがて、アレクサの昔からの友人たち、いまは教会の運営スタッフとなっている友人たちを紹介され、教会建物内を案内してもらうことができた。普段は一般のスタッフも入ることができないビデオモニター室なども見せてもらえ、珍しい経験もした。
 ところで、私はこの日、この教会に改めて好感を持ったのだがそれは、このビデオモニター室で映像や音声の調整などをする仕事はどう見ても裏方なのに若くて美人の女性が多い、そしてその理由が彼女ら自身の仕事の能力で選ばれているらしい、それがどう見ても正しいことなのに、残念ながら日本では期待できないところこの組織ではその正しいことが当然のごとく実行に移されている、と感じられたからである。日本ならさしづめ、若くて美人の女性なら裏方などさせずにもっと人目に付く場所に配置しろなどという指示が出たり、配置の根拠は能力の高さではなく若さと見た目、ということになったりしただろう。だがこの教会ではそうではない。純粋に仕事の能力で選ばれた、若さや見た目や性別の違いなどは気にしていない、とそう感じるのである。日本のようないやらしさ、お飾り的な人の使い方をしない。私は宗教上の難しい教義や解釈のことなどはわからない。わかるのは、こうした常識的なことだけなのだが、それでもそれがその団体の「基準」を判断する重要な要素だという風に感じられる。
 車で教会から出るとき、アレクサが面白いことを言っていた。私が見慣れぬ外国人なのでそのために私たち全体が注目され、一緒に行動しているディエゴまで外国人と思われたらしく、少し話題になったようだ。彼は純粋にコロンビア人なのだが…。彼は少々変わっているので、そういうところが外国人だと思われたのかもしれない。

 午後2時過ぎ、帰宅。
 昨夜、アレクサの友人マリーが買ってきてくれた「ローリングチキン」と「フリスピーチキン」を食べてやや遅い昼食とする。
 午後は親戚の集まりのため、懐かしのアレクサの祖母宅へ。2台に分乗して向かう。この懐かしの「我が家」で親戚一同の集まりに参加するのは、なんと6年ぶりになる。もうそんなに経っているのかと、道中アレクサと話しながら改めて驚く。アレクサの祖父はこの6年の間に亡くなってしまった。今は祖母だけになってしまったが、ルピタを会わせることができた。祖母宅に到着し、ルピタを連れて挨拶すると、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。
 親戚が次々と集まってくる。覚えている顔もあれば、今回初めて会う顔もある。前回の旅では結構な数の人と会っているが、会っていない親戚がまだいたのか…。そのとき会った小さな女の子、カミラを覚えているだろうか。初めて会った日本人に好奇心いっぱいだった5歳の女の子は、今はもう10代になっていた。長い栗色のカーリーヘアですっかり大人びた印象になっている様子は、いかにもラテン系の女の子で、私がもし同世代だったらすぐに恋に落ちてしまったのではないか。前回会ったときは好奇心丸出しの小さな女の子だったので、いま振り返るとそれがゆえにかえってバツが悪いのか、今回は恥ずかしがっている様子で終始控えめだった。母親が気を利かせて「ほら、久しぶりに会えたんだから」とせっついても、恥ずかしがって陰に隠れているような感じだった。
 豚の丸焼きをはがして小片にし、ライスを付けた料理が登場。「レチョナ」というらしい。香りが…慣れない私には少々厳しい。今回の旅行イチ押し料理はこのレチョナに決まりだ。
 こうした場所ではいつも引っ込み思案になるルピタは、次第に打ち解け始め、小さな女の子と仲良しになった。年も同じくらいだ。名前はメリッサと言い、この集まりが終わるころには別れるのを寂しがるくらい仲良くなっていた。
 親戚一同は三々五々、帰り始めて、カミラは最後に「バイ」とだけ言って帰っていった。ルピタはメリッサとの別れを惜しみつつも眠くなった様子で、われわれは来た時と同様、2台に分乗して帰宅した。
 午後8時過ぎ、ルピタを寝かせて、アレクサ、フリエータ、ディエゴとコーヒーを飲みながら今日いち日を振り返る。

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