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政権交代してもイタリア政治は不安定なままだろう

1.   選挙結果

 9月25日に行われたイタリアの上下両院の総選挙(下院400議席、上院200議席)では、右派連合が上下両院で過半数の議席(下院237議席、上院115 議席)を獲得し、左派連合(下院85議席、上院44議席)や左派ポピュリスト政党の五つ星運動(下院52議席、上院28議席)を破り勝利しました。
 
 右派連合の一員で「イタリアの同胞」は今回の選挙で大躍進し上下両院で第一党となり(下院119議席、上院65議席)、同党のジョルジャ・メローニ党首は来月13日に召集が予定されている国会においてイタリア初の女性首相(閣僚評議会議長)に就任する見通しとなっています。メローニ党首は、学生時代にネオファシストをルーツとする政党であるイタリア社会運動の青年部に参加し、1996年にはベニート・ムッソリーニを[i]、2020年にはナチスの協力者でイタリア社会運動の共同創設者ジョルジオ・アルミランテを公に賞賛するなど[ii]、これまで親ファシスト的な言動が物議を醸してきました。また、中絶、同性カップルの権利拡張に反対し、核家族は男性と女性のペアによってのみ運営されるべきと主張し、反移民を明確に主張していることから極右とみなされています。NATOを支持者する一方でEUに対しては懐疑的であり、ロシアのウクライナ侵攻以前は親ロシア的な態度を取っていましたが、侵攻後はロシアを非難しウクライナへの武器提供の継続を表明しています。そして、「イタリアの同胞」と「連合」を組む同盟と「フォルツァ・イタリア」については、同盟党首のマテオ・サルビーニ元内相とフォルツァ・イタリア党首のシルビオ・ベルルスコーニ元首相はウクライナ侵攻後もロシア寄りの姿勢を崩していません。
 
 イタリアはEU内で3番目の経済規模の占める存在ですが、次期政権を構成することが予想される右派連合各党の対露姿勢や保守的な政治姿勢が他のEU諸国との軋轢を引き起こしかねないとして、新政権発足でEUの結束が乱れることを懸念する声が上がっています。また、イタリアの国債残高がGDPの150%以上に膨れ上がっているにもかかわらず選挙戦中に右派連合の各党が積極財政を訴えたことから、EU内では次期政権の財政政策に対して懸念が存在しています。

表1:下院の選挙結果[iii]
表2:上院の選挙結果 [iv]

2. ドラスティックな変化が起こりにくいイタリアの政治制度

 ここからは私の見解ですが、これまでイタリアは戦後の共和国成立から77年間で44回首相が交代(人数では30人)するなど日本と同様に非常に不安定な議院内閣制国家であり、次期連立を形成する三党ですぐに足並みが乱れることも予想されることから、次期政権も御多分に漏れず短命に終わる可能性がかなりあると考えます。これまでと同様に、議会任期の途中で首相が辞任し連立の組み換えが行われる可能性が少なからずあるでしょう。また、そのような国内支持基盤の弱い内閣が財政・金融政策でEUに対して強気な態度を貫けるとも思えず、対露政策でも大幅な政策変更を行うことは難しいでしょう。これまで通りの「不安定なイタリア」が繰り返される公算が強いのではないかと思います。
 
イタリアの政治状況が不安定なのは政治制度に由来する部分が大きいと言えます。イタリアの上院と下院の権力は完全対等であり[i]、片方の院が法案を否決すると法案は成立しません。そして選挙制度は比例代表制に重きが置かれており、政党連合が組まれるか否かは別として単独の政党が過半数の議席を持つというのは上下いずれの院においても稀で、連立政権が組まれます。中道左派の民主党と中道右派のフォルツァ・イタリアがそれぞれ左右政治勢力の中心的な存在であった時代などをのぞいては、上下いずれの院においても単独の政党の議席占有率が過半数にせまることも少なく、戦後イタリア共和国初の首相であるデ・ガスペリ氏やベルルスコーニ氏などを除いてほとんどの戦後歴代首相は、連立政権内の意見不一致により不安定な政権運営を強いられてきました。
 
 ここでイタリアがG7の中で特殊なのは、直接選挙で選ばれた大統領でもなく国会議員でさえもない「非政治家」が国家の首脳たる首相(閣僚評議会議長)に就任できるということです。イタリアの元首たる大統領は象徴的元首とみなされる存在ですがドイツなど異なるのは議会解散権、首相任命権、軍隊指揮権などの非常時大権を持っています。そして、フランスのようないわゆる半大統領制の国家と同じように大統領が首相を任命するのですが、多くの半大統領制の国家と同様に首相は国会議員である必要はありません。そのため、近年ではこれまで連立政権を形成していた政党間の意見の相違で政権が崩壊した後などには、党派色を薄めるために大統領が非政治家の民間人を首相に任命するケースが多くなってきたのですが、非政治家内閣は政権基盤が弱いことから結局内閣を支える連立与党から造反が起きるケースが多く、現在のドラギ首相、コンテ前首相も耐え切れずに大統領に辞表を提出せざるをえませんでした。
 
 次期政権の中核を占めることが予想される三党の党首であるメローニ、サルビーニ、ベルルスコーニ氏はそれぞれイタリア政界の中で際立って個性が強いポピュリスト政治家で、自分が中心でいたいタイプなのはこれまでの言動を見れば明らかです。三氏は選挙では連携するも、対ロシア政策や、プーチン擁護を繰り返し国内では強権姿勢を強めるハンガリーのオルバン政権への対応では早くも不協和音が出ています[ii]。9月上旬の共同記者会見において、サルビーニ氏がEUの対ロ制裁の効果に疑問を呈する発言をした際に、メローニ氏は頭を抱え両氏の姿勢の違いが明確になりました。一方、ベルルスコーニ氏は、オルバン政権を擁護するメローニ、サルビーニ両氏に対し「2人が反EU的政策を取るならば政権を離脱する」と忠告するなど、地元メディアからは極右2党の形勢が悪くなった際には造反する可能性が指摘されています。
 
 右派連合のポピュリスト的な財政政策も自らの首を絞めることになるかもしれません。EUから離脱しない限りイタリアが放漫な財政政策を取り続けることなど不可能であり、現状ではEU離脱は夢物語に過ぎません[iii]。EU加盟各国は、財政赤字を国内総生産(GDP)比で3%以内、公的債務残高を60%以内に抑えるというEUの財政ルールに従うことが求められています。この財政ルールは新型コロナウイルスの影響で2023年まで凍結される予定ですが、新政権は少なくとも年内はドラギ政権が作った今年度予算の履行が求められます。来年以降、新政権が従来のEUの財政ルールを大幅に無視するような内容の予算を作成し、さらにEUに対して大幅な財政ルールの変更を提案した場合、他のEU諸国やECBからは欧州の財政・金融秩序を乱すものとして強い非難を浴びることになるでしょう。仮に新政権がEUからの離脱をちらつかせたとしても、ハンガリーを除く他のEU諸国が「極右政権」に支配されたイタリア一国のために財政ルールの大幅変更を認めるとも思えません。
 
 ウオールストリート・ジャーナルが指摘するように次期首相とされるメローニ氏自身がそこまでやる気があるようには見えず[iv]、加えて前述のように、反EUではないベルルスコーニ氏がEU離脱に賛成するとは思えません。仮にメローニ氏が党内の声や同盟に押されてEU離脱を決意したとしても、極右2党では過半数に届かないために、EUに懐疑的であるという点では共通点がある五つ星運動との連立政権樹立を実現させなければなりません。何故ならば、議会解散で国民に信を問うとしても、議会解散権があるマッタレッラ大統領がそれを認めるとは到底思えないからです。水と油だった五つ星運動と同盟という左右のポピュリストによる連立がサルビーニ氏の反乱で短期間のうちに瓦解したことを考えれば、極右2党と五つ星運動の連立の組み合わせは成立しにくく、成立したとしてもすぐに瓦解するでしょう。結局、イタリアの現状を無視した大幅な「積極財政」を実行しようとしても、他のEU諸国とECBの反対に合って方針転換を余儀なくされます。方針転換をすれば、またサルビーニ氏が反乱を起こし、ベルルスコーニ氏がメローニ、サルビーニ両氏を批判してフォルツァ・イタリアの連立からの脱退を表明するという事態になることは十分予想されます。
 
 ここで、左派連合、フォルツァ・イタリア、我々穏健派、五つ星運動、行動-イタリア・ヴィヴァで連立の組み換えが行われた場合、上下両院で過半数の議席となり、新しい政権は少数与党にならずに済みますが、イタリア・ヴィヴァの党首であるマッテオ・レンツィ元首相は「壊し屋」の異名を取り、この組み合わせの連立も厳しそうです。民主党出身のレンツィ氏は日本でいえば前原誠司氏や細野豪志氏といった感じの政治家で、強引な政治手法が民主党の分裂をもたらした挙句、結局民主党から離党しイタリア・ヴィヴァを立ち上げた経緯があります。さらに、コンテ前政権は、前述のように五つ星運動と同盟による連立が瓦解した後、五つ星運動、民主党、自由と平等、イタリア・ヴィヴァという組み合わせに連立が組み変えられましたが、レンツィ氏は徐々にコンテ氏と対立するようになり、イタリア・ヴィヴァの連立からの離脱表明を行い、コンテ政権は結局退陣に追い込まれました。
 
 

3. イタリア政治を変えるには根本的な政治制度の改革が不可欠

 戦後、イタリア政界は、高度経済成長が終わった後もこのような連立政権内の政策の不一致を背景にした権力闘争に明け暮れてきました。日本と同様にイタリアの経済低迷は長期にわたっていますが、それにはこのような不安定な議院内閣制により短期政権が続いていることがかなり影響を及ぼしているのではないでしょうか。近年では、比例代表制の影響かポピュリスト的な公約を掲げる新党に支持が集中する傾向がありますが、公約が実現できないと有権者からの支持を急速に失って、他のポピュリスト政党に支持が移ることが繰り返されています。そして、そのたびに選挙を経ないでも政権交代が繰り返されています。
 
 メローニ氏はそのような不安定な政治状況を変えるべく大統領制(特にフランス型の大統領制)の導入を訴えているそうです[v]。政党の合従連衡に結果ではなく国民が直接国のリーダーを選べるという観点から大統領制の導入には合理性が大いにあると思いますが、その場合は有効投票の過半数を得た候補者が国のリーダーとして選ばれるべきであり、フランス大統領選挙のように二回投票制(決選投票制)を採用すべきであると思います。二回投票制の採用は安易な公約を掲げるポピュリスト政党の候補者(嫌味かもしれませんが)が大統領になるのを防ぎ、有権者がより慎重に候補者を選べるという点でも利点があります。大統領制を採用し、弾劾されない限り大統領が任期中に職を追われることが無いようにすれば、国のリーダーが固定されるという点でも今よりは政治が安定すると思いますが、連立の枠組みが頻繁に変わる現状は変わらないかもしれません。
 
 それを避けるためには、選挙前にある政党連合に登録した政党が議会の任期途中に当該政党連合から離脱する場合は全ての議席を失うという規定を設ければ、各党が政党連合から離脱するインセンティブは失われるでしょう。さらに、比例代表・小選挙区選挙とも二回投票制にして、特に比例代表選挙に関しては第一回投票で一位となった政党連合と二位となった政党連合で決選投票を行い、その勝者に比例代表枠で過半数の議席を保障するとすれば(これを「修正プレミアム付き比例代表制」と呼ぶ[vi])、今よりははるかに連立が安定することが予想されます。
 

本記事は、RIPPレポート No.5「政権交代してもイタリア政治は不安定なままだろう」を転載したものです。本記事に関するご照会はinfo@ripp-japan.com宛にお願いいたします。


参考文献


[i] Meloni in 1996: “Mussolini Was a Good Politician, in That Everything He Did, He Did for Italy” , 2022年9月28日閲覧.
https://www.youtube.com/watch?v=R5JyN2Q6-1g
[ii] “Anniversario morte di Almirante, Meloni: "Grande politico e patriota". Sui social è rivolta
Laura Mari”, La Repubblica, 2022年9月28日閲覧.
https://www.repubblica.it/politica/2020/05/22/news/anniversario_morte_di_almirante_meloni_grande_politico_e_patriota_sui_social_e_rivolta_firmo_le_leggi_razziali_-257375545/
[iii] "Eligendo: Camera [Scrutini] (esclusa Valle d'Aosta)". Eligendo (in Italian). Italian Ministry of the Interior. 25 September 2022, Retrieved 27 September 2022, 2022年9月27日閲覧.
https://elezioni.interno.gov.it/camera/scrutini/20220925/scrutiniCI
[iv] "Eligendo: Senato [Scrutini] Italia (escluse Valle d'Aosta e Trentino-Alto Adige/Südtirol)". Eligendo (in Italian). Italian Ministry of the Interior. 25 September 2022. Retrieved 27 September 2022, 2022年9月27日閲覧.
https://elezioni.interno.gov.it/senato/scrutini/20220925/scrutiniSI
[v] 高橋利安 ,2022, 「最新のイタリア憲法改正──上院の選挙年齢の18歳への引き下げ──」, 『修道法学』,44(2),119-140.
[vi] 東京新聞, 「イタリア中道右派連合 指導者3人は個性派ぞろい…連立政権が誕生しても内紛?」, 2022年9月28日閲覧.
https://www.tokyo-np.co.jp/article/204839
[vii] 土田陽介, 2022, 「右政党が勝利したイタリア総選挙、イタリアの“マンマ”も短命に終わるか」, 『JB press』, 2022年9月28日閲覧.
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71994
[viii] Alberto Mingardi and Nicola Rossi, 2022, 「寄稿】メローニ氏は伊経済を立て直せるか」,『The Wall Street Journal 日本語版』. 2022年9月28日閲覧.
https://jp.wsj.com/articles/giorgia-meloni-is-no-fascist-but-can-she-revive-italys-economy-11664254198
[ix] 木村正人, 2022, 「筋金入りの右翼「メローニ」を首相にするイタリアはどこに向かうのか」, 『JB press』, 2022年9月28日閲覧.
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71993
[x] 鈴木しんじ, 2022, 「選挙制度改革に関する一提案(原案)~修正プレミアム付き比例代表制~」, 2022年9月28日閲覧.https://sdpp.jp/wp-content/uploads/2022/02/%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%A0%E4%BB%98%E3%81%8D%E6%AF%94%E4%BE%8B%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E5%88%B6%E3%81%AE%E6%8F%90%E6%A1%88.pdf



鈴木しんじ
日本型大統領制を実現するリベラル新党、
政治団体「社会民主進歩党」代表
一般社団法人進歩総合研究所代表理事

社会民主進歩党(略称:進歩党)公式サイト

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