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「やさしい日本語」から読み解くメッセージ

2023年、手話通訳者全国統一試験の国語問題に「やさしい日本語」が題材として取り上げられました。本著からの出題かは定かではありませんが、同テーマである庵功著「やさしい日本語ー多文化共生社会へ」を読んだ読書メモです。

人口減少を背景に移民の受け入れについて議論が盛んになっている。

地域社会で共通言語になりうるのは英語でも普通の日本語でもなく<やさしい日本語>だけである。
移民とその子どもにとどまらず、障害をもつ人、日本語を母語とする人にとって<やさしい日本語>がもつ意義とはなにかを問いかける本書。

本著では、言語的マイノリティを対象として「やさしい日本語」に関する考察を行っている。言語的マイノリティとして、「外国にルーツを持つ子どもたち」とあわせて障害者、特にろう児にも焦点を当て、第一言語である手話、第二言語としての日本語の習得について述べている。

英語は共通言語になりえない

令和4年10月末現在、外国人労働者数は 1,822,725 人で過去最高を更新し、国籍別では、ベトナムが最も多く (外国人労働者数全体の25.4%)、次いで中国 (同21.2%)、フィリピン (同11.3%)の順となっている。

定住外国人に対する情報提供において、英語だけでは十分ではないことが調査結果として明らかにされている。国立国語研究所(岩田)が行った定住外国人を対象とした調査によると、母語以外でわかる言語(複数回答)は、70.8%が「日本語」と答えたのに対し、「英語」と答えた人は36.8%となっている。

やさしい日本語のきっかけ

<やさしい日本語>という考え方が出てきたのは、1995年の阪神・淡路大震災の際に顕在化したことばに関する問題に遡る。

阪神・淡路大震災は6000人以上の死者、4万人以上の負傷者を出した大災害であった。被災した人も多く、外国人も数多く被災した。その際、日本語と英語以外ではきちんと情報発信されなかったため、これらの言語が不自由な外構人は、震災の被災とその復旧過程で必要な情報を十分に手に入れられないという点で、二重に被災することになってしまった。

これをきっかけに「やさしい日本語」の研究がはじまった。

 次の文章(1)を文章(2)のように書き換えたところ、理解率が約30%から約90%にあがった。

(1)今朝5時46分ごろ,兵庫県の淡路島付近を震源とするマグニチュード7.2の直下型の大きな地震があり,神戸と洲本で震度6を記録するなど,近畿地方を中心 に広い範囲で,強い揺れに見舞われました。

やさしい日本語,庵功雄 著,p37

(2)今日、朝、5時46分ごろ、兵庫、大阪、などで、とても大きい、強い地震がありました。地震の中心は、兵庫県の淡路島の近くです。地震の強さは、神戸市、 洲本市で、震度が6でした。

やさしい日本語,庵功雄 著,p37

外国にルーツを持つ子どもたちと<やさしい日本語>

本書では定住外国人の子どもを「外国にルーツを持つ子どもたち」と呼ぶ。
外国にルーツを持つこどもたちを取り巻く問題を議論する際に重要な点は、以下の2つの理由である。
1つは、大人は自ら選んで日本にやってきたのに対し、子どもたちは本人の意志とは別に、日本で生活せざるを得なくなったという側面が強いということである。

もう1つは、その国で育つことになる移民の子どもたちが将来その国でどのように生きていけるか(生きていく道がどの程度開かれているか)である。このことは、外国にルーツを持つ子どもたちの人権問題の観点からみても何よりも重要である。

あわせて、外国にルーツを持つ子どもたちのおかれている現状についても認識しておく必要がある。外国にルーツを持つ子どもたちの進学率について調べた推定値によると、東京都の高校への進学率は私立高校やインターナショナルスクール在籍者を加えたとしても、30%といわれている。一方、日本人の子どもたちの高校進学率は、全日制で94.1%、定時制・通信制等の進学率を含めると98.1%である。こうした大きな差が存在する背景には、言語的な問題のほかに外国籍の子どもたちは義務教育の対象ではないということがあげられる。

日常言語だけでは十分ではない

外国にルーツを持つ子どもたちの場合、日常の話しことばがかなり流暢に話せるようになったとしても、それだけでは、学校で学ぶ教科学習には不十分である。学校で学ぶ教科学習では、「言語的文脈の中で概念を理解する」ことが求められる。

心理学者カミンズ(Cummins)は日常の話し言葉を「BICS(Basic Interpersonal Communicative Skills)」=「日常言語」とよび、教科学習を「CALP(Cognitive Academic Language Proficiency)=「学習言語」と定義した。

外国にルーツを持つ子どもたちは、BICS(日常言語)に加えてCALP(学習言語)も身に着けなければならない。CALP(学習言語)を習得する必要があるのは日本人の子どもたちも同様である。しかし、日本人の子どもたちの場合は、小学校に入る前に、BICS(日常言語)についてはほとんど支障なく、それを土台としてCALP(学習言語)を身につければよい。これに対し、多くの外国にルーツを持つ子どもたちの場合は、まず、BICS(日常言語)としての日本語を身につけ、それを拡張してCALP(学習言語)としての日本語を習得しなければならない。

外国にルーツを持つ子どもたちの場合、適切な指導を行わないと、アイデンティティの形成にとっても極めて重要である母語が身につかないまま、日本語も身につかないというDouble divide(二重分割)と呼ばれる状態になるおそれがある。


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