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牛と暮らした日々-そこにあった句#06 放牧開始

牧開き牛を荒息ごと放つ  鈴木牛後
(まきびらきうしをあらいきごとはなつ)
 
「牧開き」というとのんびりした響きだが、実際の放牧初日はそんなものではなく、実にバタバタしている。

放牧初日。
出す準備に出入り口の片づけを始めるともう牛たちの咆哮(ほうこう)が牛舎に響き始める。悲鳴のような鳴き声だ。

ああ、うるさいと思いながら準備を終わらせ、いざ牛を放そうとすると、牛は外へ出たくて出たくて気がせくのか、チェーンをひっぱるひっぱる。で、ナスカンをなかなか外せなくて指を挟んだりして、夫の怒鳴り声が響き、やっと放すと、半年の繋ぎ飼いで足腰が弱りよろよろと、こけつまろびつしながらも走る牛、転ぶ牛、逆走する牛。

放牧地に行っても、疾走して端まで行き、また牛舎に走り戻り、あっちこっち牛同士でどつきあいをし、土に体をなすりつけ、興奮の限りを尽くす。

牛舎は牛舎で、分娩が近いからとお留守番になった牛が自分も出せと鳴き叫び、最初は出してもらえない放牧未経験の若牛も何だか分からないけど鳴き叫び。それが初日だ。
 
残さるる鎖の重さ牧開き 牛後
(のこさるるくさりのおもさまきびらき)
 
そんなこんなで混乱を極める初日だが、2日目になるともうみんな落ち着いて放牧に出かける。たった1日で、牛も人間も半年前の記憶を取り戻すのだ。

さて初産牛は、育成牛のとき公共の預託牧場で放牧経験はあるのだが、公共牧場は出しっぱなしだ。でも搾乳牛は朝と夕方1日2回、牛舎に帰って乳を搾られなければならない。この1日2回の出し入れに慣らすのがなかなか大変なのだ。

未経験牛は毎年10頭前後いて、全部いっぺんに出すと収拾がつかなくなるので、1日2~3頭ずつ出す。そして、その2~3頭が慣れると次の牛を出す、というふうにだんだん増やしてゆくのだが、これがなかなか時間がかかる。

でも、就農当初の全頭初産牛で全頭放牧未経験の時と違って、ベテランのお姉さん達に少しずつ混ぜていくのは楽なものだ。人間が躾けなくてもお姉さんが、どうしたらいいか分からなくてオロオロしている若牛を、どついて躾けてくれるから。

そして放牧もいきなり全て始めるのではなく、慣らし放牧といって時間放牧をし、そして昼間だけ出し、最後に昼も夜も出すというふうに段階を踏んでいくので、なかなか時間がかかる。

放牧で本当に楽になるのは、全頭が出し入れに慣れて昼夜放牧になった頃だが、その時期になると今度は牧草収穫が始まる。
 
花を見ぬ牛と花見をしてをりぬ 牛後
(はなをみぬうしとはなみをしておりぬ)

初花の下を下向く牛の群 牛後
(はつはなのしたをしたむくうしのむれ)
 
道北地方の桜が開花するのは5月10日前後だが、放牧開始がこれに間に合うと、桜と放牧のコラボした風景が見られる。


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