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牛と暮らした日々-そこにあった句#15 牧草の味

美味き草不味き草あり草を刈る  鈴木牛後
(うまきくさまずきくさありくさをかる)

「おっ。今朝の草は美味しそうだな」
ある朝、夫が言った。

冬の舎飼いの時期に、牛に餌の牧草を配っていた時のことだ。
(食ったことないのに分かるんかい)と心の中でツッコミを入れながら言った。
「食べたことないのになんで分かるの?」
「食べたことはないけど、匂いと牛の食べる様子で分かるよ」
確かに美味しい牧草と不味い牧草では、牛の食べるスピードがまるで違う。
美味しいのは、もうなくなったのかとびっくりするくらい早く食べてしまうのだが、不味いのは、朝やった牧草が夕方になってもごっそり残っている。そのまま残しておいてももう食べないので片付けるのだが、うんざりする。

さて、何が牧草の味の違いになるのか。
まず刈った牧草が雨に当たったかどうか。雨に当たると茶色く変色して、栄養価が落ちる。雨に当たれば当たるほど不味くなって、牛は食べなくなっていく。

次に収穫適期に刈ったか、遅くなってしまったか。収穫適期だとまだ青々としていてみずみずしく柔らかいのだが、遅くなればなるほど枯れて茶色くなり、そして堅くなる。
こういう草でも肉牛は食べるそうだが、乳牛は食べない。牛乳を出すというのはそれだけ栄養が必要なのでグルメになってしまうのだ。

あとは草の種類も大事だ。ヒエのような雑草は好まない。オーチャードグラス、チモシー、ペレニアルライグラス(通称ペレ)などのちゃんとした名前のある牧草を好む。そしてオーチャードよりチモシー、チモシーよりペレという風に乳牛世界でのグルメランキングがある。

貯蔵牧草の種類だが、乾草とサイレージがある。乾草とは乾いた牧草でロール状になっている。サイレージとは水分のある牧草を空気に当てないようにして発酵させて保存したもので、要するに牧草の漬物みたいなものだ。
うちでは水分のある牧草ロールにラッピングマシンでラップをぐるぐるに巻いたラップサイレージというのを作っているのだが、その牧場牧場で違って、塔型サイロに入れたり、バンカーに入れたりといろいろなのだが、専門的な話になるので、これ以上は割愛する。

あと牧草の美味しそうな匂いというのも、確かにある。一度も雨に当てないで青々とした乾草になったものは、新茶のようなとても良い匂いがする。
ペレの少し水分があり良い発酵をしたサイレージは、ブランデーの入ったチョコレートケーキの匂いがする。牧草を牛に配りながら、人間の方がスイーツ食べたくなってよだれが出そうだ。

そして水分量の多いサイレージは、ツーンと酸っぱい臭いがするのだが、この臭いが牛舎独特の臭いになっていたりする。

草は風に干されて夜を鳴りとほす 牛後
(くさはかぜにほされてよるをなりとおす)

牧草収穫シーズンになると、刈って広げてある牧草の匂いが夜風にのって山の牧場全体に漂う。甘くて良い匂い。田舎に住んでて良かったと思う瞬間である。

こういう話を先日、酪農ヘルパーのS君としてたら彼が言った。
「オレ、牧草食ったことありますよ」
ええーー!!
「いつどこで?」
「別の農家さんで。『オーチャードの若いやつは甘いから、おまえ食ってみれ』って言われて食べました」
「それは乾草を?」
「いや、乾草じゃなくて。地面から生えているやつが甘いらしくて、茎のところをストローみたいにして、真ん中の芯をぬくんですけど、その抜いた芯をかじってみれって。かじったら確かに甘かったです」
ナ、ナ、ナイスチャレンジ…。
私も今度やってみようかな?
(言ってみただけです)

オーチャードざわざわ花は実にざわざわ 牛後
(おーちゃーどざわざわはなはみにざわざわ)


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