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牛と暮らした日々-そこにあった句#22 牛の名前

牛の名は女優の名前ゑのこ草  鈴木牛後
(うしのなはじょゆうのなまええのこぐさ)

牛には名前がある。
名号といって、日本ホルスタイン登録協会というところに、血統登録するときに必要なのだ。

例えば「マツクスデーリイ ニホロ ET」とか「ユーエム フラワー スペシヤルマン」とか、単語が3個から4個ついてて長い。
(小文字が使えないので「マックスデーリィ」ではなく「マツクスデーリイ」なのだ)

この登録の時、畜主が特に希望の名号を届けなければ、母牛と父牛の名号の一部を適当に組み合わせて、自動的につけられる。
でもうちでは、毎回必ず希望の名号を届けている。それは新規就農した22年前、最初の40頭が来た時「自分の牛」という特別の感慨があり、その牛たちが産んだ仔牛に名前をつけたかったからなのだ。

うちの場合、「冠名」(牧場の名前)+「仔牛の名前」(母牛の名前をもじったもの)+「種牛(父牛)の名前の一部」と決めている。
「冠名」というのは、牧場のブランド名みたいなもので、例えば「高原さん」だったら「ハイランド」とか「大橋さん」だったら「ビツグブリツジ」とかだ。

うちは、ブランドに全然価値がないので別につけなくてもよかったのだが、やはりこれも新規就農した時、「酪農家としてやっと独立できた。これは冠名をつけなくちゃ」と張り切ってしまったのだ。そして、「鈴木」なので「ベルツリー」にしようと思ったのだが、ネットで検索するとすでに「ベルツリー」さんがいたので、検索に引っかからなかった「カウベル」にした。

さて、うちの牛の名前の例だが、「カウベル ヒラリー スペシヤルマン」という名号の牛がいる。これだと「カウベル」が冠名、「ヒラリー」がその牛の名前、「スペシヤルマン」が父牛の名前の一部という感じだ。

この真ん中の部分(その牛固有の名前で通称としても使う)を、母牛にちなんでつけるというのが、仔牛が生まれた時の楽しみなのだが、先輩酪農家さんに言われた。「母牛にちなんで…というのがネックになるぞ。そのうち名づけで絶対行き詰まる」と。ところがどっこい、22年たっても行き詰まらない。それは2代目もありにしたから。もう、うちにいない牛の名前は2度3度使ってよいというルールを勝手に作った。

さて、うちには「リーフ 一族」というのがいる。最初に40頭導入した牛の中に「リーフ」という名前の牛がいたのだが、そのリーフがとにかく娘を産んだ。リーフ自身はたいしたことのない平凡な牛だったのだが、その娘も娘の娘もメスを産んで、いつのまにか一族を形成していた。

では、一族の名前の一部を紹介する。「リーフ」(葉っぱ)にちなんでいる。
「ふたば」「わかば」「あおば」「くちば」「ハーブ」「ミント」「みつば」「おおば」「よつば」「クローバー」と葉っぱ系の名前でそろえた。

また、ブラウンスイスの茶色の仔牛に、色から連想して、「ココア」という名前をつけた。(母牛はコト子)。
以降、ブラウンスイスの仔牛の名前は、その「ココア」にちなんで「チョコ」→「カカオ」→「ロイズ」とチョコレート系が続いたのだが、いつのまにか方向性がずれてしまい、「ポッキー」→「プリッツ」→「チップス」とスナック系へと迷走している。

牛の呼び方だが、他の酪農家さんは、名号で呼んでいる人はほとんどいなくて、番号で呼んでいる。
我が家で名づけにこだわり通称で呼ぶことにしたのは、私が数字に弱く番号を覚えられないという理由もあった。

でもここ最近、番号はもちろん名前も覚えられなくなり、今ではこんな感じになっている。
「ねぇ、あの顔が白いやつで、あれあれ、乳頭が離れててさー、ほら、まだ若い牛で、ほらほら、搾乳の時にうるさいやつ、あれさー、あの牛、発情きてるよ」長いっ!くどいっ!名前の意味ないっ!

一方、夫はというと、ほとんどの牛の顔と名前と番号を覚えている。私の言ったことや、やったことはほとんど忘れているのに……。


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