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#195 幸せか、満足か。

年の瀬にとある本を読んでいて、ハッとさせられる一文があった。それを噛みしめながら今年一年を振り返ってみる。

その本にはこう書いてあった。

「人生は、幸せかどうかではなく、満足かどうかが大事である」

この意味は思いのほか深い。



■幸せと、満足の違い

同じ様な意味の言葉を、ただ表現を変えているだけのように見えて「幸せ」と「満足」の違いはとても大きいと思った。

何と言うか、幸せという表現にはどうしても何かがつきまとう。自分以外の何かだ。
つまり幸せには比較対象があり、何かと比べてその差分を見ることで形となって現れる(気がする)。

故に幸せの基準は、豪華な食事だったり、着心地のいい服だったり、清潔な住環境だったりと、今の生活ではお金と引き換えになるものが多い。

幸せはお金じゃない!! という人に対して、でもお金が無いとしんどいよ。という反論が芽生えてしまうのもここにあるのではないだろうか。

つまり幸せという表現には、何かと比較して勝ってるとか劣ってるとか、そんな類のニュアンスがどんなに頑張っても消えない。

そこでハッとさせられたのが、満足かどうかという言葉。



■満足には、相手がいない

一方で、満足という表現には相手が見えない。自分の中で完結できて、自分の中で決められる。

習ったばっかりのピアノがある程度弾けるようになれば十分満足できるし、それは自分よりも上手なピアノを聞いた後でも、消えることは無い。


満足感はお金じゃない!! という人に対して、お金があるから得られる場合もあるけど、確かにお金が無くても得られそうだ、と素直に共感できる。

つまり、人生は幸せかどうかではなく、満足かどうかが大事なのだ。



そこで今年一年を振り返ってみる。自分は満足しているだろうか。

色々な事があった。自分で何とか出来ただろうと思うことから、自分ではどうしようもないことまで。

ひとつひとつ思い返してジャッジしていくのは骨が折れるので、大枠というか、大雑把に、つまり何となく雰囲気で判断してみる。


こんな自分と関わってくれる人たちに囲まれて、こんな文章を書くぐらいの時間がある。
冷蔵庫を開けば白いご飯に乗っける美味しそうな”お供”がいくつかあるし、テレビには年内に見切れなさそうな楽しそうな番組が残ってる。
お酒を飲んで暖かい布団に寝て目を覚ませば、また美しい明けの明星が見られるだろう。

つまり十分に満足であった



本年も、最後までお読みいただきありがとうございました!
来年もまたよろしくお願いいたします。

満足できる、良いお年を。






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