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【創作プロジェクトオテアワセ作品】「結び」

創作プロジェクト「オテアワセ」では、「コトバ」と「モノ」を軸とした作り手たちが、共通のテーマで創作・発表する集まりです。

ここでは、「コトバ」担当の私が、「結び」というテーマに沿って書いたエッセイをご紹介します。 


【オテアワセ】「結び」  すずき・ちえ

私は電車で通勤している。使っているのはJR仙山線。山形と仙台を結ぶローカル線だ。

仙山線との付き合いはかれこれ20年以上になる。学生時代に通学で使っていた。

その15年後、今の職場に異動になったのを機に通勤で使うようになった。どうやら縁が深いのかもしれない。

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仙山線はよくダイヤが乱れる。
なぜなら、仙台と山形の間には、険しい山々が立ちはだかっているからだ。
大雨、大雪、強風、自然の脅威には逆らえない。

また、秋に大量の濡れ落ち葉で線路が滑り、電車が止まるし、線路に飛び出してきたカモシカと衝突して遅れるのも「仙山線あるある」だ。


そんな自然の厳しさを乗り越え、2つの地域の人たちを結んでいるのが仙山線だ。
県境を越えて通勤や通学をする人も多い。休日の午前中には、仙台行き電車には買い物に行く若者が、山形行き電車には旅行やアウトドアに行く人たちが乗り込む。

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20年前私がまだ学生だった頃に見た忘れられない光景がある。朝、仙台行きに乗ると、ボックス席には行商のおばあちゃんたちの姿があった。

彼女たちは、山形訛りの言葉で、張りのある声で話していた。側に置いてある荷物には、野菜が入った段ボールが何段も積み重なり、背負えるようになっていた。

仙台に程近い駅に着くと、彼女たちは一斉に立ち上がる。そして、側に置いていた、荷物を背中に背負う。
もしかしたら、荷物の長さと、背負っている人たちの身長はそんなに変わらないように見えた。

初めて見かけたときは、背中が曲がり、華奢な人たちが「よくあんなに重そうなものを背負って歩けるな…」と思ったものだった。

けれど、よく日に焼けた精悍な顔つき、しっかりとした足どりを見ていると、「地に足をつけて生きている」者が持つたくましさを感じずにはいられなかった。

後に聞いたところによると、彼女たちは、電車から降りると、駅に置いてあるリヤカーに野菜を積み込み、午前中いっぱい一軒一軒回って売り歩いていたそうだ。

そういえば、昼間に山形へ帰る彼女たちと同じ電車に乗り合わせたことがあった。

ボックス席でお弁当を食べていた。車内は甘じょっぱい匂い、漬け物の匂い、なぜか魚の匂いと複雑な匂いがした。

今思えば、魚は仕事帰りに駅近くの魚屋さんで買ったものだろう。車内の匂いに圧倒されながらも、仕事を終えゆったりとしていた様子がほほえましかった。


あれから15年経った。毎朝電車に乗っているが、彼女たちを見かけることはなくなった。時代の移り変わりを感じて寂しくなる。
朝に山形で採れた野菜を仙台で売り、魚を買って帰る。彼女たちは、「山形」と「仙台」を結んでいた人たちだったんだな…と懐かしく思う。