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【読書感想文】小野寺史宜『ひと』

もし20才の学生の身で、突然家族が亡くなり天涯孤独になったとしたら…。さらに周りに頼れる人が誰もいないとしたら…。

あらすじ

この話の主人公は、20才の東京の大学生・柏木聖輔。鳥取にいる唯一の肉親である母親を亡くし、天涯孤独の身の上となった。

聖輔は、経済的に行き詰まり、大学を中退。ついには所持金が55円になってしまった。空腹の中立ち寄った商店街の総菜屋で、唯一買えるコロッケを買おうとしたところ、その場に居合わせたおばあさんに譲ってしまう。
そこから物語は始まる。

縁あって、聖輔は、総菜屋で働き始める。店主夫婦や、先輩、商店街の人たちと新たに出会ったり、高校の同級生の女の子と再会したりする。そして、亡き父親のように「働きながら調理師になる」という目標も見つける。

逆境におかれても聖輔は真っ直ぐだ。調理師試験の受験資格を得るために懸命に働く。
総菜屋の店主夫婦や同僚、気に掛けてくれる友人にも恵まれる。一方で遠い親戚にお金を騙し取られたり、高校の同級生の連れの男(恵まれた境遇にいる人)からは見下されたりと、理不尽な目にも遭う。

そんな中で、東京出身の亡き父親の調理師としてのルーツをたどり、共に働いていた人たちに出会う。様々な「ひと」との関わりの中で自分の道を見いだしていく。

感想

この本を読んだのは、小野寺史宜さんの作品『タクジョ』『ライフ』などを読み、もっと読みたいと思ったからだ。
主人公が様々な経験をし、時に壁にぶつかり、苦しみながらも、自分の道を切り開いていくところが好きなのだ。


『ひと』を読んでいると、聖輔の境遇を不憫に思う一方で、あまりにお人好しすぎて、もどかしくなることもあった。
大学生の友だちに頼まれて、自分の部屋の合鍵を渡したら友だちが彼女を連れ込んでいたり、鳥取から上京した遠い親戚には200万円しかない遺産のうち60万円騙し取られる。また、勤め先の総菜屋店主からの後継者の話も、先輩に譲ってしまう。損ばかりしている。

だから、譲ってばかりの聖輔が「譲れないもの」に気がつくラストシーンが好きだ。
それは何か、ぜひこの本を読んでいただきたい!


主人公の心の動きに丁寧に寄り添いながら、時に弱さと向き合いながら、希望が見えるようなラストシーン。優しい気持ちになり、勇気づけられる作品だった。



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