うまく混ざり合ってわたしになる日が来ますように
創作活動を始めて、もうすぐ半年が過ぎる
絵を描くことは物心がついた頃から続けていたし、二次創作のようなものを生み出すことにハマってからは本格的に絵が好きになった。
“一次創作”と呼ばれるもの、作家のようなものになりたいと漠然と思い始めてからは半年になった。
そんな中で、とある壁にぶつかっている。
シンプルなまま、ポップにもなりたいので、むずかしい。
やるぞ〜!とおもったときに自分が描きたいと思ったものは、モノクロでごちゃついていない、極力シンプルなもの
シンプルの中に、線のぶれや歪みがあるもの
はじめはそれが心地よかったし、自分の目指していたものが見えたんだ!と思った
ところが、何がきっかけかはわからないけど別の気持ちも生まれてきた。
色も入れたいな、もっとごちゃついたカラフルなものだって好きなんだよな。
現に最近自分の中でブームになりつつあるものはシルバニアの赤ちゃんを集めることで、
カラフルで可愛い雑貨を眺めること、
海外の子供の部屋みたいなポップなお部屋を見ること、
リボンやふにゃふにゃのピンクや赤の線が好き。
お洋服も、所謂モノトーンやアースカラーで装飾の少ないものではなくて、
カラフルでギンガムチェック柄で、リボンがついてて、フリルがあって、レースがついてるものが好きだ。
好きだ、というとすごく断定的なので言い換えると、気になっている。
私は昔から母の影響で色々なタイプの服を着て、色々な映画を見て、色々なゲームをして、色々な音楽を聴いている。
ほとんど少年漫画しか読んだことないんだよ!という友達に話を合わすこともできるし、お人形遊びよりゲームが好き!という友達に合わすこともできる。
もちろん私には合わせているという感覚はなくて、そうだよね私も好きだよ。という気持ちで一緒に過ごしていた。
たとえば少女漫画だけしか読まない子とも楽しく話すし、ゲームはやらないけれどお人形遊びが好きな子とも楽しく遊べる。
そんな風に生きてきたので、どちらかというと
“これが特別絶対に譲れない、大好きな雰囲気なんだ!”
というものが存在していないなあとおもう。
高校時代は“あのギャ”(※現在はとてつもなくメジャーな“あのちゃん”が当時は、サブカル好きだけが知る特別な存在だったのでそれを真似して“珍しい私!”を演出して、個性的なあのちゃんに憧れた女子がいたのです......)が流行っていたからあのちゃんのような雰囲気が好きだったし(黒髪水色パンダ!だよね)
大学時代はaikoにどっぷりでカルテットのすずめちゃんloverだったのでちょっとポップでダボっとした古着系が好きだったし
就職後は職場の雰囲気通りの所謂“森ガール”的なベージュ系、からの無印のような“シンプル”系が好きだったし
そういうの全て通って、今、
なんとなく言葉で言い表わすのならば“ポップ”な気分。
本題に戻ると、作家になるということはそれなりの“雰囲気”と“統一性”があってこそだとおもう。
使う画材がもし変わったとしても絵柄は一緒であるべきだし、何よりも“らしさ”が求められるとおもう。
私はその“らしさ”がどうしてもブレてしまう。
あのギャなのに無印的な印象の絵は違う気がするし
森ガールなのにあのギャ的な印象の絵は違う気がする
(違う気がする、とおもうだけで、別にいいのかもしれないけれど)
ずっと仲が良くて“らしさ”に高校時代から悩んでいることを知っている友人からすると、私には十分“私らしさ”があるらしいけれど信じきれていない
創作活動やるぞ!と決めてから半年しか経っていないのならば十分迷い続けてブレ続けてもいいのかもしれない、しれないけれど
自分らしさってなんだろう?早く固めたいな、とおもう。
2024年4月、ポップが好きな私だけど
2024年8月ごろにはもう変わってるかもしれない
どうなるんだろう予測ができないけど
ひとまず今私の目の前には
“シンプルで、ポップになりたい”という気持ちだけはある
ので、今後私が絵をInstagramやxに載せていたら
“あ、シンプルでポップな感じだ”とおもってもらえたら嬉しい。
(欲を言えば、誰でもない“昼寝っぽいね!”が生まれたら嬉しいんだけど)
飾り気やむだなところがなくて簡素なものも好きだし
軽くてごちゃ混ぜしているものも好き。
うまく混ざり合って、わたしになる日が来ますように。
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